15 短編まとめ①

*影浦×成田の短編をいくつかまとめたものです。Twitterのログみたいなもの。

 

夢か現か

 

「お前はおれじゃなくても構わないだろう。すぐに忘れて、楽しく生きられる」

言葉を理解するまで時間がかかっている間に、成田が低い声で言った。
「別れよう」

 久しぶりの休日だった。会社の代表取締役という役割に公休日はほとんどない。平日は文字通り代表としての仕事があり、休日は社交に費やされる。ゴルフ、クルーズ船でのパーティ、テニス。国外に出ることも多い。
そんな中、おれのプライベートに費やすことができる時間のほとんどを、成田にあててきた。具体的には成田との酒やセックスや乗馬に。一緒にいる時間は少なかったかもしれないが、可能な限り優先してきたつもりだ。──このおれが。人に合わせたことなど人生で初めてと言っていいほど周りがおれに合わせてくる、そういった生活を送ってきたこの、影浦仁様が、である。
頭痛がした。シャンパンを飲みすぎたのかもしれない。成田と顔を合わせるのは実にひと月ぶりだったので、酒も会話も盛り上がっていた、そう思っていたのはどうやら自分だけらしい。成田は例の、「こうと決めたら絶対に変えない」という顔でこちらを見ていた。それは弟のために自分の身体を差し出した時の、強い眼差しと同じだった。
「理由を言え。おれを納得させてからこの部屋を出て行け」
 泣き縋るのも怒り狂うのもプライドが許さなかった。それはおれが生きるための背骨のようなものだった。誇りを失えば、もはやおれには何もない。いや、あった。唯一持っていたものが成田だった。孤独と金だけしか持っていなかったおれが、おれらしくもなく必死で手に入れたのが成田だった。あの頃はもっと若くて、背負うものも失うものも少なく、今ほど念入りに隠れて会う必要はなかった。
「理由か。そうだな、疲れた」
 お前といることに疲れた。隠し続けることに疲れた。嘘をつき周りを欺き、これがずっと続くのは、おれにもお前にも良くない。きっとどこかで致命的な破綻を迎える。
 正論だった。間違いはひとつもない。分かっていたことだ。成田は正しい。それなのにおれの手は震えていて、それをどうにかするために、シャンパンの入っていたフルートグラスを掴んで強く握りしめた。繊細なグラスは割れて、手のひらに傷を作り、血が流れて行く感触があった。
「なにをするんだ、仁」
 成田が駆け寄ってきて、おれの手に慌てた様子でハンカチを巻いた。うつむいて跪いている成田の髪を掴んで上を向かせる。相変わらず、誰にも媚びない強い眼をしていた。
  この眼がたまらなく好きだったのだ。自由で、強くて、媚びない眼。興味のないものは一瞥もしない傲慢な眼。
「いいだろう。出て行けよ。ただし、お前が他の誰かと寄り添い生きようとしたとき、おれは必ずそいつを社会的に殺す。地の底へ落としてやる。人ひとりを自殺に追い込むなんて容易いことだ。そして悲しみに暮れるお前を探し出してこう言ってやるよ、「疲れたか?」」
 そのまま首に手をやると、成田は目を閉じて静かに身を預けた。
「いいぞ。そのときおれはこういうよ「もう疲れた。何もかもどうでもいい、おれも殺してくれ」と」
 ハンカチを巻かれた手を成田が掴み、両手で自分の首を絞めさせるような仕草をした。
「そうしたらきっと、仁はおれのことを忘れられないだろうから」

 仁、としつこく名前を呼ばれて目を開く。
  心配そうな顔が覗き込んでいて、ここが自宅だということを思い出した。
「大丈夫か?うなされてたぞ」
初夢なのにかわいそうに、と成田が言い、おれの額に手のひらをあてた。熱はないな、とつぶやいてから、ふたたびおれの隣に潜り込んでくる。
「まだ早いから、もう少し寝よう」
 成田の腕が回ってくる。振り返って強く抱きしめ返した。夢?今のが?
「初夢が悪夢なら、おれの一年は凶ということになるのか」
 心臓がまだ激しく鳴っていた。認めたくないことだが、今ほど夢でよかったと思ったことはない。
「大丈夫だ。お前を凶事から守るのもおれの仕事だから。安心して眠れ」
 背中を撫でる手のひらが力をなくしてマットレスに落ちたとき、ようやく震えと怒りが消えていた。あれは夢だった。安心していい……安心?成田に別れを切り出されることが、それほどショックだったのか。汗でびっしょりと全身が濡れるほどに?
「逆はあっても、あれはないな……っ」
 不意に、右手が痛んだ。
 鋭い、刺すような痛みだ。
 恐る恐る握りしめていた手のひらを開くと、そこには、夢の中で割ったはずのシャンパングラスの破片が、深々と突き刺さっていた。   

(おわり) 

初夢の話を書こうとおもったらめっちゃ暗くなりました…

焼き鳥は塩が美味いな 

影浦と成田で焼き鳥屋さん。雑談してるふたりです。

 外国のメーカーとやりとりするときは主に英語を使うのだが、おれはというと、あまり得意ではない。洋楽を聴くのが好きなのでヒアリングはできるのだが、話す方がからきしで、大学の成績も「可」止まりだった。
 影浦は、というと、三ヶ国語を流暢に操る有能な秘書が常に側にいるので、あいつ自身の語学力は謎に包まれていた。大方、「英語なんかできて当然だろ。三ヶ国語ぐらい操れなくてどうする」などとふんぞり返って言いそうなので聞いたこともない。

「英語はそれなりに話せるが、ビジネスには少し心もとない。商談には必ず通訳を連れて行くぞ」
 ワインを傾けながら影浦がそう言い、少しためらってから焼き鳥の串にそっと口をつけた。串から外すなどという野暮なことはしなかったが、その顔にはありありと(このおれを290円均一の焼き鳥店に連れてくるなんてどういうつもりだ)という不満が現れていたが。
「ブロイラーだな……間違いなく国産じゃないぞこれは……。ウッ、なんだこのひどいワインは、犬のクソでも煮詰めたのか?!」
「ワインの原料はぶどうだ。──鳥なんかなんでも美味いだろ、黙って食え」
「これはひどいぞ…味覚が狂いそうだ。間違いなく手摘みじゃねえ、虫だの葉っぱだの入り放題だ。雑味がひどくて飲めたもんじゃねえ」
 手を挙げて店員を呼び、生ビールを注文した。幸いこの店には古巣のラガーが置いてある。グルメな代表様にはビールでも飲んで口を閉じてもらおう。
「これだ。クソ汁ワイン飲むよりはずっとマシな代物だよ、裏切り者の鳳凰ラガーをこんなにうまいと思う日がまた来るとは」
 悪口を言いながら美味そうにビールを飲む影浦が可愛く思えてしまう。実感した。恋は人の正気を殺す。
「お前みたいな金持ちは、みんな3ヶ国語ぐらい話せると思っていた」
「アホか。富裕層にとって一番大切なのは金じゃねえ、時間だ。時間のかかる語学の習得に心血注ぐぐらいなら、レベルの高い通訳雇った方がずっと効率的だろうが。他人にできることは他人にさせる、これはおれたちの世界では常識だった」
 影浦は幼少の頃から祖父より帝王学をまなんだときいたことがある。その中でも同じことを言われたらしい。
「30までは修行だと思って現場にいたがな。おれの限られた時間は、俺にしかできないことに注ぐべきだ。そうでないと勿体ない。社会にとっても損失だ」
 ここまで傲慢なことを堂々と言い放たれると、いっそ清々しくすら思えて来る。おれは少し笑ってから言った。
「まあ、仁はそのままでいい」
 影浦が眉を上げ、それはどうも、と皮肉っぽく応酬する。
「おれはお前の剣になる。お前の苦手なことはおれと三城が引き受ける。安心して突き進め」
影浦は、今度は皮肉を言わずにじっとおれを見つめた。それから、残そうとした焼き鳥の串にもう一度口をつけて言った。
「……焼き鳥は塩の方が美味いな」
 吹き出してしまった。こちらの世界まで降りてきてもらって申し訳無いことこの上ない。
「ああ、そうだろ。今度は仁のオススメの焼き鳥を食わせてくれ」
 影浦は顔を背けたが、その横顔は少し楽しそうに見えた。
「本当の鳥を食わせてやるよ。このままじゃお前の舌が狂っちまって仕事に差し支えるからな」 

(おわり) 

成田の愛は自己犠牲なんだな、と気づいて影浦が天にも昇る気持ちになるのですが、分かりにくいですね。



射撃までできる男 

 影浦が突然「銃を使ったことはあるか」と尋ねて来た。あるわけがない。おれがそう答えると、影浦は眉をひそめ、「一度は撃ってみるといい。明日は暇か」と暇であると決めつけたかのような口調で言い、勝手に「成田空港に朝8時に来い」と言い渡した。
 連休の前だったので、幸い予定もなかった。
  空港に着くと、普通の搭乗口ではない場所に案内された。よくわからないまま手続きを終え、小ぶりの航空機に乗り込むと、影浦は航空機の中で新聞を読んでおり、「複数人で持ってるプライベートジェットだ。単独所有すると経費が高すぎるし僻みを買うからな」と言った。
 意味がわからなくて眠くなった。昔からあまりに理解の範疇を超えたことを考えたり悩んだりすると防衛本能で眠くなる。
 提供されたシャンパンとワインを飲み終えるといつのまにか眠り込んでおり、目がさめるとハワイにいた。
「よし、射撃場に行くぞ」
 おれと影浦は美しいビーチやショッピングモールに見向きもせず射撃場に向かった。おれは時差ボケで頭がぼんやりしていたし、そもそも「明日駅で集合な」ぐらいの気軽さで呼びかけられて集まったのにハワイに連れて来られるという現状に、感情が追いついていなかった。
 射撃場に着くと、警察官のような服装をした白人の男が堪能な日本語で注意事項の説明をした。小さい口径の銃から始めろという内容に影浦が英語で何かやり取りをして、さまざまな装備をつけてからいきなり45口径のマグナムを持たされた。
「コルトM1911ガバメント。アメリカの名器だ」
「銃に振り回されるなよ。構えはこうだ。しっかり両手でグリップしろ。そう硬くなるな。深呼吸するんだ」
 耳あてを片方持ち上げて外しながら、影浦がささやく。いわれた通り深呼吸して集中したころ、耳あてが戻され、近くのランプが赤く光った。
 引き金を引く。想像よりも重い衝撃が手首、肩に走った。
 マガジンがなくなるまで撃ったのに、一発も当たらなかった。なによりも、強い跳ね上がりと衝撃、それに火薬の匂いに、おれは動揺していた。耳あてをしていても聞こえてくる銃声と、人を殺す威力のある、拳銃の衝撃。5発撃っただけでその場から逃げ出したくなった。
 撃ち終えると疲労困憊してしまったおれと、入れ替わるように影浦が隣に立った。的が現れる。タバコをくわえるような自然な仕草で拳銃を構えたかと思うと、影浦はコンマ1秒のためらいもなく引き金を引いた。
  あたりは凄まじい音と硝煙の匂いに包まれ、おれはただ呆然とその場所に立っていた。
「お前が好きな音楽を作るアメリカという国は、こういう国だぞ」
  弾は全て頭部か胸部、つまり急所に命中していた。

(おわり)

  影浦がプライベートジェットを共有してる、って話が書きたかっただけのような気がします へへ