2:失恋

 親愛なるカズくんへ。

 ぼくのことを、お父さんもお母さんも忘れる。
 そういう決まりなんだ。力を最後まで使ったら、天罰が下るの。
――泣かないで、ぼくなら平気だよ。だってカズくんは、カズくんだけはぼくを覚えていてくれるから。

  
 航太郎。
 特別な力を持ちながら、常に家族のために使ってくれた、心優しいおれの兄弟。最愛の家族。二度と会えない、魂の片割れ。

 ――おれの『やりなおし』は失敗したよ。
 既に2回も。いま、3回目の失敗をしようとしている…

 

 

 

 夢の中で航太郎に会うのは久々だった。
 彼は、おれの双子の弟だ。
 ただ哀しいことに、その存在を覚えているのはこの世界でたったひとり、おれだけ。
「起きよう」
 泣くのは苦手だ。昔から、泣くぐらいなら笑ってやることにしている。本当に哀しいときに涙なんかで癒されてたまるか、忘れてたまるか。
 航太郎がいなくなり、みんながその存在を忘れた日に、おれは涙を封印した。これ以上何も忘れないように、薄くならないように。
 みんなに忘れ去られ――産みの親にすら――それでもなお、家族を助けてくれた航太郎に、おれができることなんてそれぐらいだった。存在を忘れ去られるよりも哀しいことなんて、ひとつもない。
 泣くって行為は昇華だ。泣けば泣くほど感情は薄れて消えて行ってしまう。例えばおれが千葉のことを好きだったこと、千葉とするセックスが海の味がしたこと、千葉と過ごした片思いの3年間、その後奇跡が起こって付き合っていた7年間のことを、1mmだって忘れたくないし思い出になんかしたくない。
『なんで、互いに好きなのに別れなきゃいけないの?』と千葉は言った。そんなことこっちが聞きたい。でも聞かずとも分かっている。ヤツは、全部欲しいんだろう。おれという親友じみた恋人も、男としての矜持を満たすそれなりの出世も、親を安心させ社会的地位を築くための「異性の家族」も、どれも捨てたくないのだろう。
 そこまで考えて、あまりにも自分に都合のいい想像だと気付き、笑いが漏れた。くたびれたような笑いだ。ぞっとするほど暗くて湿った。
 これじゃまるで、千葉がおれのことを大好きだったみたいじゃないか。仕方なく女と結婚したみたいな、自分にとって気持ちいい妄想にすぎない。彼女がすごく可愛いのかもしれない。女の体のほうが良かったのもしれない。子供を作れるのはずるい、などと考え始めると生きてることすら辛くなってきた。呼吸するのも面倒だ。考えたくない。何も考えずに体を丸めて眠りたいのに、頭が冴えて眠れない。
 アパートにどうやって帰ってきたんだろう。確か、ショックが大きすぎて、海辺を朝方までフラフラ歩いていた気がする。自分の家はすぐそこなのに、これから先ずっと一人で過ごす家に戻るのが辛くて、海の音を聴いて一人じゃないんだって思いたかった。海こそ、千葉を連想させる一番の代物だっていうのに。
 痛む頭を抱えて、ベッドの上で唸り声を上げる。
 そうだ、確か…砂浜で座って朝焼けを待っていた。昔、朝は未来で夜は過去だ、と教えてくれた人がいて、つらいときは夕暮れではなく朝焼けを見ることにしていた。朝は果てしなく赤くて、突き刺すように明るく、おれはその場に横になってしまった。どうでもいいや、と思った。どうせ、今日は仕事休みだし。
「一保さーん、寒くないの」
 覗き込んできたのは、家主のなっちゃんだった。朝方になっても帰る気配のないおれを、心配して探し回ってくれたらしい。そういえば、カフェで店長をやるようになってから毎日早寝早起きしていて、外泊だってしたことがなかった。下の階に住んでいるなっちゃんは、喧嘩っ早いおれが
「またぞろ街でケンカでもしているんじゃないかと思って怖かった」
といって、笑った。
 3月の海は寒い。千葉を送るためにコートは着ていたけど、外で一日過ごすなんて風邪をひきたいですといっているようなものだ。幸いおれは体を鍛えているので大丈夫だけど。
「……寒いよ。みりゃ分かんだろ、うちひしがれてんだ」
「毛布持ってきた。隣、座っていい?」
 返事を待たずに、なっちゃんが隣に腰掛ける。砂で汚れるぞ、と声をかけたが、「一保さんだって」といって取り合わない。
「とりあえずコーヒーのみなよ。はい」
 なっちゃんは、まるでおれがどこかで冷え切っていることを予見していたかのように、魔法瓶にいれたコーヒーを差し出してくれた。体を起こし、両手で包み込むようにして飲む。
 あたたかくて、いい匂いがした。こちらを心配そうに見ているなっちゃんは、それでも、理由や原因を問おうとはせず、てのひらでポンポンとおれの頭を撫でた。
「泣くなら今だね」
「年上の頭を撫でるとは何事だ。なっちゃんと言えど許さねえぞ」
「出たー、めんどくさい体育会系の理論。年なんか関係ないよ、元気な人が元気のないひとを助ければいいんだ。生きるってそういうことさ」
 のんびりとした声で言って、カラカラと笑う。暢気でいつも飄々としているなっちゃんは、近づきすぎず遠すぎず、いつも適切な距離をもっておれに接してくれる。この麻のようなさらりとした男に、仕事を辞めたばかりの頃、随分救われた。
「一保さんは、長い休みって取れないの?」
 海風に前髪をさらわれながら、なっちゃんが微笑む。
「旅に出てみるのもいいと思うよ。人間はみんな、生まれつき旅人なんだから」
 旅をしたいがために在宅で起業したという彼は、「行ってないのは入れない国と北極南極だけ」というぐらい、言葉通り本物の旅人だ。仕事は工業デザイナーだと言っていたが、おれはそれがどんな仕事なのか全く知らない。いろんな人が彼の部屋を訪ねてくるし、中には立派な身なりの人もいるから、きっといい仕事をしているんだと思う。
「ばかやろ。地面に縛られてる一般人は、長い休みなんかふつうとれねえの」
「そっかあ。一保さん連れて行きたい場所、いっぱりあるのになあ」
「たとえばどこだよ?」
「ううーん、近いところならシェムリアップとか」
「ああ、それならおれも知ってるぜ。アンコールワット観光の拠点地だろ?行こうとしたことあんだよな、」
 千葉と、といおうとして絶望した。まさか、こんなところにまで千葉が隠れているとは。
 話の途中で押し黙ったおれを追及せず、なっちゃんはさらりと話をつづけた。
「なんだ知ってたんだね。他は、そうだなあ。ドイツのクヴェードリンブルグ」
「へえ、そこはしらねーな。どんなとこ?」
「木組みの家々が並んでいて、夜の街を歩いていると絵本のなかに来てしまったみたいなんだ。本当にうつくしい街だよ」
 ほかにもこんな国があって、こんな街で…。なっちゃんがゆるい声で説明してくれるのを、すっかり朝が降ってきた海をみながら聴く。数年過ごしたアメリカ以外、ほとんど日本を出た事がないおれにとって、なっちゃんの口を通して頭のなかに浮かぶ異国の風景は、まるで映画みたいに現実感がない。だからこそ助かる。いまは現実の事を考えたくなかった。
「僕らはね、行きたいとおもったらどこにだっていけるんだよ。勝手に縛られているような気になっているだけで」
 なっちゃんからは、いつも自由の匂いがした。陸に縛られ、海に未練を残すおれにとって、彼のもたらす爽やかな風はある種の毒だ。
「……心配してくれてありがとうな。もう、帰るから」
「ン。じゃあ僕は先に行くね。毛布はもっていくけど、コーヒーは置いて行くから。好きなだけ飲んで、ドアノブにかけといて」
「わかった」
 それからしばらくの間、海を見て家に帰った。今ベッドに横になっているけど、全く起き上がれる気もしないし眠れる気もしない。仕方がないので、ベッドから抜け出して部屋を片付け始めた。泣けもしないし眠れもしないのだから、体を動かすしかない。

 

 

 

「――店長、村山店長!」
 気が付いたらコーヒーを淹れる手が止まっていた。慌てて「ごめん」と返事する。
「なんか最近おかしいですけど、大丈夫ですか?」
 アルバイトの新見さんに心配されてしまい、ちょうど店に遊びに来ていたオーナーに声をかけられる。くそ、タイミング悪すぎだろ。
「なんだあ、カズ、調子わるいの?」
「変なんですよ、ここ一か月ぐらい。ずっと上の空だし、発注間違えるし」
 本当にそれ以上はやめてくれ…という縋るような視線を無視して、新見さんがオーナーに現状を説明してしまう。
「特に、電話が鳴ったらびくびくしてて、あの…もしかして何か、犯罪にでも巻き込まれてるんですか?ならちゃんと相談してくださいよ!」
 さすがにきかれるとマズイ内容なので、おれは慌てて人差し指を彼女の鼻につきつけた。
「しーっ!」
「おいおい。そうだなあ、そしたら来週、店が終わったころにおれ、もう一回来るわ。カズ、来週土曜はうちに飯食いにこい」
「ええええ…嫌ですよお…またきいちゃんの面倒見させるつもりでしょ」
 きいちゃんというのは彼の3歳になる一人娘だ。奥さんともどもかなり世話になっているので、おれはこの家族に頭が上がらない。
「季理子の可愛さは天下一だろ~。お前ほんと、あんなに好かれて幸せ者め。おれなんかあれよ、おひげが痛い~つってな。抱っこしたら嫌がられるんだぞお」
 もじゃもじゃの髭についたスチームミルクにも構わずに、相好を崩す。
「剃ればいいのに。変なアフロもやめてくださいよ」
「いいの。これはおれのキャラなの」
 じゃあまた後でな。そう言ってオーナーが店から出て行く。大きく溜息をついたおれに、新見さんが追い打ちをかけるように「しゃんとしてくださいよ、店長」と言ってバシンと背中を叩いてきた。ものすごく、痛い。
「そういえば」
 ラストオーダーも終わり、客もほとんどはけた時間帯、窓際に座っている男を見ながら新見さんが囁いた。
「あの人。ここ一年ほどでみかけるようになりましたけど、何者なんでしょうね」
「……あの超絶イケメンのことか。やっぱり女はああいう男がいいのかね~」
 イケメンというよりも美貌といったほうがいい彼は、いつも窓際の二人掛けテーブルに腰掛け、コーヒーを飲みながら30分ほど本を読んで帰っていく。
「他の人はどうか分かんないですけど、あそこまでキレイだと逆に私はいけないですね。こりゃ迫っても無理だなって思うし、女抱いてるところ想像できない」
 あけすけな物言いに苦笑しながら新見さんの視線を追う。あらためて男の頭の先から足の先までを、しげしげと眺めた。
 烏の羽のような、毛先のはねた黒髪、長い睫毛、陶器のように白い滑らかな肌、キスするやつを呪ってやりたくなるぐらい形のいいくちびる。何より、目が合っただけで息が止まってしまいそうな、黒く濡れた鋭くて刺激的な双眸。老若男女ほっとかないどころか、声をかけるのもはばかられてしまうような美がそこにはあった。
「ああいう男でも、失恋とかすんのかな」
 うっかり呟いてしまった独り言を、新見さんが聞き逃すはずはない。「失恋したんですか?!それでそんなに薄汚くなって落ち込んでるんですか?」と突っ込みと同時に悪口をねじこんできた。
「私とかどうですか、結構店長のこと好きですよ」
 店にいま彼しかいないことを感謝した。それでも大きな声だったのできこえたらしく、彼がこちらを振り返って様子をみている。
「えっなにいってんの。……え?」
「店長顔かっこいいし、力も強くて男らしいところあるし、いいなあって思ってて」
「今する話じゃないだろ、その、あとできくから」
「後でだと、店長逃げるじゃないですか。今返事きかせてください」
 どこまで本気なのか判別できないのは、おれが今とても疲れているからだろうか。それとも彼女の口調が、コーヒーのオーダーを伝えるときのように冷静だからだろうか。
 視線を落とす。声も表情も変わらないけど、彼女の指は黒いエプロンの端をぎゅうっと握りしめて震えていた。自分が千葉に想いを打ち明けた日のことを思い出して、心臓が痛くなる。真剣じゃない恋なんか、あるもんか。
 男がこちらから目を逸らす。多分聞こえていると思うけど、あえて聞こえないふりをすることに決めたらしい。今立ち去るのも不自然だし、と迷うそぶりが見えたから、おれはあの名前もしらない美しい男に、はじめて好感を抱いた。なにしろ彼は、あるときは『体格のいい、精悍な顔立ちのいい男』を、またあるときは『少しくたびれた雰囲気はあるが、端整で独特の色気がある男』を、ときおり『甘い顔立ちの、みるからに年下のスタイルのいい男』を連れていた。つまりいい男ばかり、とっかひっかえ。内心(お盛んな事で)と揶揄したりしていたのだ。自分の恋愛がうまくいかないことによる、妬み嫉みでしかなかったが。
 ちなみにここのところ美形男が連れてくるのは、『すこしくたびれた』男だけれど。
「ありがとう。新見さんが気持ちを伝えてくれたから言うけど…おれ、女の人ダメなんだ。愛情の対象にはできない、友人にはなれるけど」
 気持ち悪いかな、ごめん。
 新見さんが大きく目を見開いて、またしてもおれの背中をバシンと強く叩いた。
「みくびらないでください。誰が誰を好きになろうが、気持ち悪いなんて絶対思わないです。わたしをそういう人間だと思ってたなら訂正してくださいよ!」
 ごく親しい身内しか知らない自分の性指向を、まさかこんなところで、アルバイトの女の子に告白するとは思わなかった。でも特別仲がいいわけじゃない子だからこそ、言ってくれる言葉が嬉しく、心底身に染みた。
 男が立ち上がり、店を出て行く。
 携帯端末で何か通話している横顔は、ひどく切なそうにみえて胸が詰まった。あれは絶対、恋する男の顔だ。しかも対象者は俺と同じ、同性に違いない。

 

 

 携帯電話が鳴っている。誰からかかっているか知っているので、無視する。電話は飽きずに長い間鳴りつづけて、止まる。一時間後、またしても電話がなりはじめる。同じく無視を決め込んでいると、鳴りやむ。
 時間はいつも夜の9時頃、毎日決まって2回かかってくる。発信者は見なくてもわかっていた。
「着信拒否しないおれもどうなんだよ」
 分かっている。本当はさっさと着信拒否して、電話番号ごと携帯をかえてしまえばいいのだ。
 わかっているのに、どうしても出来ない。ひと月前に部屋を片付けたときだって、写真の一枚も捨てることができなかった。
 電話が鳴るたびに、息が止まりそうになった。千葉がおれのことを考えながら、出てくれないかと期待しながら電話をかけているのだということが嬉しくて、出てしまいたいという衝動と戦うのがたのしくて、そんなことを考えている自分に落ち込む。
 ベッドに横になって、着信履歴に並んだ名前を眺めた。「千葉創佑」。一度も呼べなかった「創佑」という名前に、目の奥が熱くなる。でも泣きたくないからビールを飲んで風呂に入ってさっさと寝てしまおうと考える。
 窓の外から流れ込んでくる潮風を胸いっぱいすいこんだ。ベッドにもたれて携帯電話を眺めていると、着信履歴の中に見知った人間の名前がひとつ紛れ込んでいて驚く。海保大時代の、同期だった。
『もしもし?おーー!ひっさしぶりだな元気かよ!』
「フツ―だよ、何の用だ。結婚式ならでねーぞ」
『あほっ!出会いねーわ!彼女すらいねーわ、言わせんなハズカシイ』
「だな、荻原がそんなモテるわけなかった」
『ムラカズこそどうなんだよ。お前無駄に顔キレイだから実はもう結婚してたりすんじゃねえの』
「相手がいねーよ」
 憎まれ口をたたき合い、お互いに近況をしらせ合って、5分ほどしたところで突然爆弾が投下された。本当に突然だったのでおれは、丸腰だった。気持ち的にはこっぱみじんに爆散した。
『千葉が結婚しただろ。デキ婚だからって式しなかったみたいなんだけどさ、同期だけで結婚パーティ的なことやりたくて。お前めちゃくちゃ仲良かったじゃん、おれと幹事やってくんない?』
――言葉が出てこない。このままじゃ変に思われる。
 必死で頭を使って、掠れた声で笑った。
「土日は大体仕事だし、正直厳しいな」
 幸せそうなふたりをニコニコ祝福して、花びらでも投げろってか。絶対に嫌だ。そんなことをしたら多分、その日のうちに海に飛び込む。
 なんとか上手く断ろうと、言い訳をペラペラと並べ立てた。
「どうせ祝いなんか二の次で、ヨメ側の女子と知り合いたいだけだろ、お前らは」
『コラコラ。おれはあれだよ?純粋に同期の幸せを祝福してだな』
 笑い混じりの声に、自分の答えが正解だったことを知る。このまま、この話が流れてしまえばいいと願った。
『船の上だとむさくるしい男ばっかだしさ。このままだと男に走りそうだ」
 いくら多方面に女性が増えてきたとはいえ、救助の現場では、まだまだ女性の数は少ない。潜水士に至っては、女性はひとりもいないというのが現状だ。
「コンパばっかやってたもんな、お前と千葉は。先越されちまったみたいだけど。まあそういうわけだから、他当たってくれ」
 
『なんだよ、お前らあんなに仲良かったのに、冷たいな』
「仲がよかったのは学生んときと、同じ職場だったときだけだ。今はたまに飲みに行く程度だよ、千葉とは」
 そうなのか、と返事した萩原が、急に沈黙する。
『……波の音がする』
さっきとは打って変わって真剣な声で、萩原が言った。
「海沿いに住んでるからな。…なかなか、海は嫌いになれねえよ」
『そうか。そうだよな』
 そうだ。大好きだった。海も、海の匂いがする千葉も、海で働く自分も。
 同じ仕事をできなくなった今でも、波の音や、海風の匂いから離れることができないぐらいに。
『でもホント、祝福はしてやろうぜ?お前気付いてないけど、千葉はずっとお前のこと気にかけてた。管区が変わっても、お前と同じ職場の連中にお前のこと頼んだりさ。カズはほら、顔だけはきれいだろ。口はほんときたねーし、手も足もすぐ出るけど。おまけに腕っぷしも強いけど、お前のこと変な目で見てる奴もいたんだぜ。隙あらばどうにかしてやろうってヤツもさ。そういうの、ずっと千葉が牽制して守ってたんだ』
 初耳だった。そんなこと、全く気付かなかった。
「な、にいってんの、お前。おれ男だぞ。大体どんだけ黒帯もってると思ってんだよ、柔道剣道合気道、全部段持ちだぞ!変な奴いたら片っ端からぶっ飛ばしてやるわ」
 ついこないだ千葉も投げ飛ばしてやったし、とは言わなかった。理由を問われると面倒だ。
『だよな。確かに余計なお世話だろとおれも思ってたけどさ。そんでも、泥酔したときとか何回かやばかったことあったし、冗談めかしてお前のケツさわったり、命令だっつってキスしようとした先輩とかいたじゃん。あれって千葉がいつも上手く受け流してフォローしてくれてたんだぜ』
「…いつごろの話だよ、それ」
『大学入ってすぐから。ずっとそうだったよ。だから』
 うそだ、そんな。
 片思いだとおもっていた。付き合ってからも、どこか現実感がなかった。いつか必ず別れがくると思っていた。だからこそ、おれは千葉を、創佑とは呼ばなかったのに。
『一緒に、新しい門出を祝ってやろう。な?』
 もう断ることはできなかった。ここで無理に断ったほうが、何かあったのかと勘繰られることになる。
「わかった…打ち合わせしねーとな。クソめんどくせーけど、東京出たらいいのか」
『クソとか言うな。そうだな、じゃあ再来週の…』
 萩原と会う日程を決めて、電話を切る。
「あのボケ!!余計なこと考えてんじゃねえ!」
 大声で叫んで八つ当たりしても気は晴れない。むしろ頭痛がしてきた。
 幹事として準備だけして、パーティ当日はバックレようか、と考える。いいアイデアだと我ながら思った。そうだ、そうしよう、むしろそうするしか自分の心を守る方法はない。
 千葉が誰かの腰を抱き、幸せそうな顔で笑うところなんて見たくない。
 招待客にせがまれて、照れくさそうに新妻とキスをするところなんてみた日には、おれの心は壊れてしまう。泣くとか泣かないとかじゃなくて、ダイナマイトでもしかけられたみたいに、砕け散って四散する。

 セックスでしか繋がっていない、そう思い込んでいた方がずっと楽だった。
 知りたくなかった。
――千葉が、おれと同じ気持ちでいてくれたなんて。