18:3回目のやり直し

 海がきこえる。
 波が打ち寄せ、砂がこすれる音。風が耳をなでていく音と、潮の匂い。
 光があふれている海辺に、立っている人物がいた。近づこうと足を早めようとしても、砂に足が吸い込まれるように前へ進めない。
「本当に戻っちゃうの?」
 逆光になっていて、顔はよくみえない。
 声は、知っていた。
「航太郎だろ、どこにいんの」
 影が揺れた。逆光のせいでシルエットしか見えない、男の影。
 声は――話し方は――まちがいなく、かつて失った兄弟にほかならない。
「ねえ、やり直して、なかったことになって、それでいいの?」
「だって、他にどうしたらいいのか、わかんねえよ!おれのせいで、おれの…」
 言葉がうまくでてこない。探しているうちに、遮るように航太郎がいった。
「好きなんでしょ?」
 星野さんのこと、好きなんでしょ。
 優しげな声が問いかけてくる。熱い塊が喉の奥からこみ上げてきて、鋭く息を吐いた。
「すきだよ。成一のためなら、死んだっていいぐらいに」
 おおげさだと笑われるかとおもったけれど、航太郎は笑わなかった。むしろ低い、真剣な声で、おれを説得するように言った。 「じゃあ、やり直さない方がいい。やり直したら、元のようにはいかないよ」
 わかっている。やり直してしまうと様々な不確定要素のせいで、前と同じではなくなることがある。初めてやり直した「2回目」の世界、保大で寮の部屋が変わったように。二度目にやりなおした「3回目」の世界では、千葉が浮気ばかりして結婚してしまったように。ほんのわずかな誤差が、やがて大きな道の分岐を生み、まったく違うエンディングへと進んでしまうのだ。
「もう、好きだって言ってもらえないかもしれないよ」
 どこか意地悪な響きで、航太郎がいった。
「いいよ」
 昨日に戻るつもりだった。昨日に戻って、全部はっきりさせる。
「次は、自分から言うから」
「相変わらず強いねえ、カズくんは」
 きっといま、航太郎は笑った。
 強くない。全然、強くなんかない。だって、まだあの日の事が忘れられないんだ。航太郎が死んだ日のことを。千葉が死んだ日のことを。自分が殺されそうになった日のことを。過去をひとつも克服できていない。立ち向かおうとはしているつもりなのに。
「このままで、いいはずがないんだ」
 目を閉じる。時間を遡行するとき、いつも海が見えて、それから真っ白になって、意識だけが過去に飛んでいく。今日のように、航太郎に会えたのは初めてだった。
「うん。でも昨日に戻っても、本当に救いたい人は救えないよ」
 シルエットが動いて、顔を上げたのがわかる。右腕が上がり、飛行機雲をなぞるように、指が空を指す。そのうごきにつられて、おれも空を見上げた。海と溶け合う、コバルトブルーの空。強い光が差し込み、目がくらんだ。
「本当の分岐点に戻らないとダメだ。千葉さんのために2回やり直して、カズくんは今3回目の世界にいるでしょう?うまくいったと思っているのかもしれないけど、これじゃダメなんだ」
 千葉さんが、こうなってしまった原因地点に戻って、修正しないといけないんだ。でもそのためには…
「航太郎、あれは千葉がやったんじゃないよ」
「そうかな?」
「ああ。わかるんだ」
 そう、おれの知っている千葉は、自分より弱い生き物の命を、一方的に奪ったりしない。そんな人間じゃない。
 一時期かかってきていた、知らない番号の電話を思い浮かべる。一度も、取ることのなかった電話。けれど、それが誰からなのか、なんとなくわかっていた。
「それじゃあ、どうするの?」
「昨日に戻って、全部調べてけりをつける」
「そう…。確かに昨日は『ポイント』だから戻れるけれど、最後の1回、使っちゃうんだね」
 自分が消えてもいいならば、あと2回残っている、とはあえて言わなかった。航太郎にそれをいうのは、あまりにも残酷だからだ。
「なあ、航太郎。お前に会いたい。側にいるんだろ?何となく感じてるんだ、でもどこにいるのかわからない。話したいことが一杯あるし、聞きたいことも」
「じゃあ、昨日会ったら、全部言うよ」
「全部って…なにを?」
「全部だよ」
 さあ、行くんでしょう?気をつけて、行ってらっしゃい。
 手を振る気配に、必死で足を前に押し出そうとする。肩を掴もうともがく。
 目の前が白くなっていく。ああ、待ってくれ。まだ、話したいことがあるんだ。聞きたいことがあるんだ。
「…航太郎、どうしてあのとき、おれを、」
 それ以上は言えなかった。海と空が白く引き裂かれていく。意識が、そのすきまへと吸い込まれてプツリと途切れた。

****

 凄まじい頭痛と一緒に目を覚ます。ぐらぐらと揺れる視界を落ち着かせるために、目を閉じたり開けたりして、状況把握につとめた。
「…テレビ」
 自宅だ。寝室に使っている部屋から出て、居間のテレビをつけた。
『11月…日、午前6時のニュースをお伝えします』
 四つん這いでテレビに見入って、大きくため息をついて寝転がる。成功だ。無事、昨日に戻ってきている。
「よし、戻れた。成一に電話しないと」
 多分、あいつは今日が明けで、明日が非番だ。定時で退庁できていれば、午前9時には家路についているはずだから、仕事中抜け出して電話を入れようと思った。楽しみにしてた登山も、温泉も──好きだと言ってくれた言葉も、全部なくなる。なくなるけれど、これがおれの罰なのだ。
 目の奥が熱くなる。泣きそうだと思った瞬間に、両手で思い切り頬を張った。そんなことしてる暇はない。
 飛び上がるように起きる。昨夜は風呂に入ってから寝たっけ?多分、そのはずだ。けれど念のためにシャワーを浴びて、薄手のセーターとデニムに着替える。携帯電話を充電器から取り外し、着信履歴を指で遡っていくと、目的の番号が見つかった。家を引っ越す少し前から、時折残っていた着信番号だ。
ラジオをつける。今日しなければならないことと、明日しなければいけないことを考えた。暗くなりそうな気持ちを持ち上げるべく、自分に声をかける。
「しっかりしろ、村山一保。おれにしか、スイも千葉も救えないんだ」
 朝ごはんを食べて、家を出た。今日できることは少ないけれど、明日は朝からハードな1日になる。行くはずだった登山よりも、ずっとハードな1日に。

 仕事はあっという間に終わった。
 強いて言うなら途中、昼休みには入る前に成一に電話をして、明日行けなくなったことを伝えることが、一番辛くて心にくる仕事だった。おれだって、本当なら行きたい。何度だって、成一と山に登りたいし、風呂に入りたいし、人生史上最高に気持ち良かったキスを、もう一度したいと思う。
 したいと思うけど、できない。 
 どうしても明日行けなくなったんだ、ごめん、と断りの言葉を伝えると、成一はしばらく沈黙してから、「何かあったの?」と問いかけてきた。静かな声で、どこかおれを訝しんでいるような響きだった。そりゃあれだけ楽しみにしてたのに、どうしたんだよって思うよな…とか、残念に思ってくれて嬉しいな、とか、いろんな気持ちが駆け抜けて行ったけれど、何とかかわりの日程を提示し、了承を得て、電話を切った。

「ありがとうございました」
 最後の客を見送って、店の片付けを始める。椅子をあげ、掃除をしてレジを閉め、新見さんと一緒に店を出た。店の営業は午後10時で終了になるが、周辺の店は開いている店が多く、街のネオンがきらびやかに夜を彩っている。
 薄手のマウンテンパーカの前をしめて、バスを待つ。冷たくなった風が、髪の間を通り抜けて消えていく。さすがにこのあたりで海の匂いは感じられず、おれは無意識に目を閉じて波の音を思い浮かべた。
 バスのヘッドライトがロータリーを照らし出して、到着を告げる。顔を上げ、目の前にバスが止まると同時に、後ろから話しかけられた。
「一保さん」
 成一だった。おれの返事を待たずに、背中を押されてバスに押し込まれる。ついてきた成一が、ふたり掛けの席、隣に座った。
「今日泊めて、あ、ダメとか言っても帰んないから。帰りのバス、もうないし」
「お前…!明日は用事があるって言っただろ」
 隣であっけらかんと笑って言った成一に、おれは慌てていいかえす。バスの中に人はまばらだったが、なるべく声を抑えて言った。
「迷惑だ。帰れ」
「ヤダ。ドタキャンなんか変だよ、一保さんは鈍感で色々いい加減なところあるけど、体育会系らしく約束と時間だけはきっちり守るのに」
「悪口挟まないと褒められねえの!?」
「それに、明日一緒に遊べないなら、今日ぐらい…いいでしょ」
 急にしょぼくれた声で、成一が言う。語尾になるにつれて小さくなる声に、良心が悲鳴をあげた。控えめに言ってクッソ可愛い。
「わ、わかったよ…。でも明日の朝帰れよ、絶対だぞ」
「ご意見、前向きに検討させていただきます」
「公務員みたいな言い方しやがって!検討すんな、実行しろ!」
 成一が膝の上に乗せているリュックサックに気づいて、おれはそれ以上なにも言えなくなった。心配して、わざわざ来てくれたのか。泊まりの用意までして。
 想定外の事態に、バスだけじゃなく心も揺れた。時間を遡行する前ーーついさっき、あの家で成一とキスして、触りっこしたんだ、と思い出すと、顔が赤くなるのが止められない。
 突然だまったおれに不安になったのか、成一がこちらを覗き込んできた。端正な顔。優しげな眼差しが、おれの機嫌を伺うようにじっと目の奥を見つめる。
「……夜、食ったのか」
「ううん、まだ…」
「じゃあ、なんか作って。おれちょっとヘトヘトだから」
「いいよ!あるもので何か作るね」
 目を閉じる。頬に、指が触れた気配がしたけれど、おれは知らないふりをして息を殺した。
 …ほんとうは、すぐにその指に触りたかったけど。

 ラジオをつけたまま、成一が料理を作っている。畳の居間に適当に掃除機をかけて、取り込んだ洗濯物を寝室に放り込む。家事は全般的に嫌いじゃないけど、洗濯物を畳むのだけはうんざりしてしまう。面倒だし楽しくないし。なので、畳みやすい服、家で洗える服ばかり買ってしまう。最近ではニットすら家で洗えるものが流通していて、本当に助かる。クリーニング屋に行く暇がなかなかないのだ。
 90年代に流行った歌をなぜ知っているのかわからないが、成一は楽しそうに鼻歌を歌っていた。ちゃぶ台を拭いて台所まで歩いて行き、後ろで腕を組んで立っていると、「それやだな、母親思い出すよ」と嫌そうな声を出した。
「どういうことだよ、それ」
「ん~、うちの母さ、個人レッスンの時いつもこう、腕組んでさ、仁王立ちしてたんだよね。細長い、馬のお尻叩くみたいな棒持ってさ。で、おれがミスしたり、姿勢が悪かったりしたらピシーって叩くんだよ。あんなのって競走馬の追い込みぐらいしか見たことないよ、まったくねえ」
 眉が下がる。おれが海辺を走り回って遊んでいたころから、成一はそんな環境にいたのか。
 腕をほどいて、後ろからぎゅっと抱きしめてやると、成一が驚いたようにのけぞった。
「わ、びっくりした」
 しまった。まだ告白されてもなければしてもなかったんだった。うっかり恋人気分でハグしてしまって、恥ずかしくなって飛び退く。
「ごめん、なんかぎゅっとしたくなって」
 もうしない、と慌てていうと、成一が包丁を置いてこちらに向き直った。
「どうせなら、正面からしてくれる?」
「え、……いい」
「なんで?!…本当一保さんって天然で人を振り回すよねえ…はあ……」
 深いため息をついて、成一が再びまな板に向かう。おれは冷蔵庫を開けて、ビールを探した。今日の献立を聞いてから銘柄を決めよう、と思い尋ねると、「大根が余ってるからふろふき大根でも作ろうかなあって。あとはだし巻き卵と味噌汁と、トウモロコシの炊き込み御飯ってどう?」
「いいな。じゃあおれだし巻き卵作ってやるよ。得意なんだよな」
「結局手伝ってるじゃん。いいけど」
 料理をするのが好きなのは何故だろう、と考えて、多分気分転換になるからだ、と思いつく。海保の寮にいた時なんて、粗末な設備しかないのにガスコンロや電磁調理器まで買って料理をしていた。つらいこと、忘れたいことがあるとき、必死でジャガイモの皮をむいてコロッケなんか作っていると、気が紛れたのだ。千葉に浮気されて悔しくて悲しい時も、ひたすら里芋の皮をむいていた。そして烏賊と煮てやった。作りすぎて三日ぐらい食う羽目になったけど。
 お気に入りの出汁パックを使って出汁を取ってから、焦げないように、丁寧に卵液を注ぎ込む。狭い台所だから、時々となりの成一に肘がぶつかったり肩が当たったりする。
 ひとりで涙の味をかみしめながら作った卵焼き。あれよりは、絶対に美味しくしてやろう。
 ときどき音を外す鼻歌や、空気越しに伝わってくる成一の体温がうれしい。夜ご飯の匂いが立ち込めているのが楽しい。
「できた」
 皿に移して、食べやすいサイズに切る。大根の余った尻尾を大根おろしにして、皿の端に添えた。戻ってくると成一が炊きたてのツヤツヤごはんを茶碗によそい、圧力鍋で作ったふろふき大根を器に盛り付けている。いい香りに鼻を動かしていると、「味噌汁はこんで」と命令されて、背筋を伸ばしてカッコよく運んでやる。
 向かい合って座って、手を合わせた。
「いただきます」
「はい、いただきます」
 時計を見れば、もう夜の11時を過ぎている。多分、時間のこともあってこの献立なんだろう。
 テレビのニュースをさらりと見終わると、成一はテレビを消してラジオをつけた。ステレオから流れる、DJとアーティストの軽妙なやりとりに、「ふふ」と笑ったり、「あ、あの歌知ってる」と囁いたり、「おいしいね」と微笑んだりしているのをみて和むなあと思っていた。
「…なあ、成一」
「うん?」
 箸を置いて、正面の成一をみつめる。おれの表情から何かを読み取ろうと、成一がいつもの、真摯な眼差しを返してくる。
「もし、過去をやり直せるとしたら、お前はどうする?」
 例えば、好きだった人を誰かに譲った過去を。例えば、母親とぶつかりバレエを諦めた過去を。もしもやり直せるとしたら、成一はどうするのだろう――俺の能力を前提とすれば、「自分の為」に過去に戻ることはできないけれど……。
 おれの唐突で曖昧な質問に、成一は首をかしげて箸を置き、腕を組んでうーんとうなった。自分できいておいて、彼の答えが気になって仕方のない自分はどうしようもない小物だ。
「半年前なら、やりなおしたいって言ったかも。でも今は…やり直したくない」
 うん、と自分で頷き、ほほえむ。
「どうして」
「今があるのは、あの辛かった日々のおかげだから」
 食べ終わった器を下げてから、成一がおれのとなりに座った。ビールの缶を持って、すぐそばで「どうぞ」と手渡される。
 ごちそうさまでした、と手をあわせてから、おれも食器を下げた。
「本で読んだんだけど、誰かを愛したり、大切にするには、自己肯定をたくさん浴びないと難しいんだって。おれはほら、さっき言ったみたいに子どものころから競走馬みたいな扱いを受けていたし、仕事をし始めてからも合わない上司に毎日怒られたりして、自分を肯定することができなかった。だから、学生の頃からつい最近まで、誰かを好きになっても情熱に欠けたんだと思う。自分を愛せないのに、ひとの事なんて大切にできないよね」
 立ち上がって、縁側のほうへと成一をさそった。今日は空がはれているから、星がみえるし話にはちょうどいい。
 座布団を持ってきて、二人で腰掛ける。ふたりとも星座なんてわからないから、適当な星座をでっち上げて笑いあった。あれは長細いから蛇座、とかあれは丸まった猫みたいだから猫座、とかいって。肌寒いから、ブランケットを持ってきてふたりで頭からかぶった。
「でも、前に好きになったひとは…六人部隊長は、厳しかったけど、おれですら知らなかったおれの長所を見抜いて、必要だと言ってくれた。あのひとみたいになりたいと思った、認めてもらうために頑張ろうって、初めて積極的に生きてる感じがした。誰かに敷いてもらったレールの上を歩いて、文句を言ったり逃げるだけ、そういう生き方から救い上げてくれた」
 すぐそばで、ひざを抱えてため息をつく成一をみつめた。
「あのひとが幸せになれるなら、おれとじゃなくても構わない」
 胸がつまった。
 ひとつは、なんの見返りも求めずに、ただ好きだというだけでここまで純粋に想えることに。そしてもうひとつは、そこまで想われる六人部さんへの羨望で。
 なあ、と声をかけると、いつものきれいな目が、ちらりとこちらを見た。
「さっきさ、成一はひとのことを大事にできなかったって言ってたけど、そんなことないと思うぞ。だってお前の周りのひとは、みんなお前のことが大好きじゃないか」
「そうでもないよ。一番身近な人たちとは、理解し合うことができなかったから」
 両親のことを言っているのだ、と気づいて言葉を失う。おれの様子をみて、成一が場を和ませるようにわらった。
「母とは色々あったけど、今は笑って話せるよ。だって、バレエが全てじゃないって、もう知ってるから」
 言い終えるとこちらにもたれかかってきて、「いまは、つらいことがあれば一保さんがハグしてくれるんでしょ?」とささやく。背中に腕を回して抱き寄せてやると、「わーイケメン」と茶化された。おれもそうだけど、こいつもなかなか色気がない。
 つけっぱなしのステレオから、ラジオ番組を通じてThe Roseが流れ始める。千葉の結婚式で流れていた歌だ。この歌が流れている会場で、幸せそうな美しい花嫁と彼女の腰を抱いて笑っていた千葉。あのとき、惨めな気持ちと一緒に、これで千葉は夢を叶えられるのだと思った。おれのせいで子供や受け入れられる家庭を持つという、彼の夢を絶たなくて済むのだと心のどこかでホッとした。
 そう、選ぶ勇気がなかったのは――おれも同じだったのだ。
 だから選ばれなかった。何度やり直しても、うまくいくわけがない。おれ自身に覚悟も勇気もなかったのだから。
「英語あんまりわからないんだけど、この歌は好きだな。どんな歌詞?」
 低い声が耳元をかすめてゾクリとした。一緒に飲んだ酒の匂いと、成一のシャンプーの匂い。この上なく甘い魅惑的なかおりだった。
「愛は花で、君はその種子だ、みたいな歌詞だよ。愛を色々なものに例えてるんだ。川や、刃や…飢えだと」
「へえ…よく結婚式で使われてるよね。花嫁の手紙の場面でさ」
 こいつの勘のよさは時々ぞっとするほどだ。おれは負けを認めて肩をすくめる。「そうだな、千葉の時も使われてたよ」と答えてブランケットの中から出た。洗い物を済ませてしまおうと、台所に向かおうとして腕を掴まれる。
「ねえ、一保さんは過去に戻りたい?」
 強く腕をひかれて、成一に抱きつくようにして引き寄せられる。間近で見上げた顔は、苦しげに眉を寄せていた。
「戻って、やり直したい?千葉さんと…もう一度、付き合いたいの?」
 ――もう3度やり直したんだ。
 それでもうまくいかなくて、今は、4回目の世界を生きてる。
 お前が好きだって言ってくれた言葉も、触った感触や記憶も、全部なかったことになって、今だって息が詰まって泣き出しそうだ。好きだって言って欲しくて、好きだって言いたくて。
 そう言えたら良かった。でもダメだ。伝えることで、この世界が変わってしまうかもしれないから。
「千葉は、おれじゃダメなんだ。それが分かるのに、ずいぶん時間がかかってしまったけど」
 抱きしめる腕が強くなる。成一のくちびるが、なにか言おうとしてわずかに震えた。
 肩を押し、体を突き放す。そして逆に腕を掴み返して寝室の方へと引っ張った。
「わ、何、どうしたの」
 いきなり布団の上に押し倒された成一が、大きく目をみはっている。
「何も言うな。聞きたくない」
「一保さん、」
「いやならいやだって言ってくれ。すぐやめるから」
 手のひらで目を隠して、くちびるを重ねた。驚いたのかそれともいやだったのか、成一の腕がおれの肩を強く握った。それでも負けじと覆いかぶさり、キスを続けた。おれの肩を掴む手は、戸惑ってはいたがふりはらおうとはしなかった。
「セックスしよう」
「どうして……」
「目隠ししてれば、女とそんなに変わんないから。だから、しよ。お前は寝てるだけでいいし」
「一保さん、何かその前に、いうことがあるでしょう?おれだって、」
「聞きたくないし、見られなくない」
 服を着ている状態の方が、ストレートの男とセックスしやすいのだと聞いたことがある。おれは服を着たまま、成一の服を脱がせにかかった。深雪が忘れていったシルクのスカーフで目隠しをして、ゆっくりと彼の着ているデニムのボタンを外す。手のひらがおれを止めようとしたのは一瞬で、それからすぐに、指が優しく頬をなでてきた。見えないはずなのに、優しくいたわるように、何度も。
 成一の下半身が反応を示していてホッとした。硬くなったそれが、下着をわずかに濡らしているのが分かる。指を下着の中に入れようとすると、「一保さんの顔が見たいよ。どうして隠すの」と静かな声で問いかけられた。
「お前に見られたくないんだ」
 手で触り合うだけならできた。けれど、挿入を伴う行為はそうはいかない。ずっと女を抱いてきた男と思いを確かめ合ってセックスしようとした挙句、できなくて傷つくだけじゃなく、その前に打ち明けあった思いまでなかったことにされるぐらいなら、初めから体だけでいい。
「成一はゲイじゃないだろ。見たら…できないよ、きっと」
 くちびるを舐め、舌を差し入れようとしたとき、成一がおれの手を握り、そっと撫でた。その瞬間、そのひどい企みが失敗したことを悟った。男にこんなことをされても怒らないなんて、どこまで優しいんだろう。殴ってもいいのに、突き飛ばしてもいいのに。
「……っ、ごめん」
 自分のした行為の酷さと身勝手さに、血の気が引いた。こんなの、許されることじゃない。
 目隠しをとってさらに謝罪しようとしたら、成一が腕を伸ばし、おれを布団の上へと引き込んだ。肘をついて上半身を起こした彼は、自分の上に乗っているおれを見上げて、笑った。
「言葉をいっちゃだめなら、言わない。でも見せて。見たいから。あなたのいろんな表情を見たほうが興奮する」
 バカじゃねえの、と否定する前に、唇が塞がれた。柔らかく丁寧なキスに、体から力が抜けていく。背中をまさぐる手のひらが、おれの着ている薄いセーターの中に入り込み、スルスルと器用にたくし上げられていく。
「上に乗られるの、怖いんだよね」
 キスの合間に尋ねられ、こくこくと頷く。舌が歯列をなぞり、性急な手のひらはおれのボトムをもう脱がせている。
「じゃあ、下からならしていい?」
「…電気は、消せよ」
 恥ずかしくて死にそうになりながらも伝える。どうしても、見られることに抵抗があった。
「全部消したら見えないからヤダ。あ、テレビ、音消してつけてていいかな」
 光が丁度いいから。そう言って寝室のふすまを開き、テレビをつけた。BSの、古いモノクロ映画を流しているチャンネルだ。
 あぐらをかいた成一の上に乗って、首に腕を回す。服はお互いに下着だけしか着ていない。キスでおれをとろとろに溶かし終えた成一は、耳の下から首筋へと唇を移していく。同じように耳にキスをして「本当に、できんの」と問いかけると、「今の声えっちでよかったなあ~、もう一回」とリクエストされたから閉口した。
「だっておれ、胸もないし勝手に濡れないし……面倒くさいぞ」
「元から女の子の胸にもあまりこだわりがないよ。あってもなくてもどっちでもいい。濡れる濡れないは…それもまた人によるからねえ。ローション使うのなんて男女関係ないよ、体質によるんだから。他に不安なことは?」
 横抱きに寝転がって、後ろから裸の胸を撫でさすられる。繊細で優雅な指が胸の先を掴んで引っ張ってきて、こらえきれずに声が漏れた。ふううっ、というごまかしきれない声に驚いて自分で口に蓋をすれば、耳元で成一が「いい声。もっと聞かせて」といやらしく耳を舐めながら低い声を吹き込んでくる。
「お…おれのほうが多分腕力強いし、気が短いし…さわっても柔らかいところなんかないし…」
 恥ずかしさのあまり、念仏のように自分の欠点を並べ立てるおれを、成一は笑って抱きしめてくる。
「よーし、ひとつずつ論破しちゃお」
「論破ってお前」
「腕力は確かに一保さんにかなわないかも。もしも回避できないようなケンカになったら助けてね。おれケンカ苦手なんだよなー、こないだ千葉さん蹴飛ばしたけど、他人に暴力ふるったのはあれが生まれて初めてだからね。一保さんが短気だと感じたことないかな。あとはなんだっけ、柔らかいところの有無については、」
 これからしらべるね、
 とゾクゾクするような低い声を落として、成一の手が滑っていく。一保さん、と呼ばれて振り返ると、鼻が触れるほど近くに成一の顔があった。星座みたいなそばかすの浮かんだ鼻筋と、甘さと若さをうつした琥珀色の眼。髪を撫でると、眼を細めてすり寄ってきて、鼻にキスを落とされた。体をまさぐる手のひらも抱きよせる腕も、経験したことがないほどに優しくて温かい。
「寒くない?」
「大丈夫。お前は」
「寒いから、もうちょっとくっついて」
 首筋に甘えるように、抱き込まれた温かさをしみじみと嬉しく思う。薄い合冬用の羽毛布団を掴んだ成一が、ふたりを覆うようにかぶせてきた。キスが下へと降りてきて、くちびるに優しく触れ、食むように甘噛みされる。気持ちの良いキス。おれは、成一とキスするのが好きだ。何も押し付けたり奪ったりしない、甘いキスは、ずっとしていたくなってしまう。
 舌が柔らかく口の中を撫でて、もてあそぶように舌に触れる。征服欲や独占欲を感じさせない、それなのに愛されているかもしれないと錯覚させる、丁寧で感情のこもった動き。肩を掴む指に力が入って、成一がクスっと笑った

 横になったまま抱きあい、キスをする。そんな単純なことが、性器を触ったりこすったりするより気持ちいなんて信じられない。
 肩を掴んでいたおれの指を、成一が優しくほどいて彼の首へと回させた。密着した胸が熱くて、自分の激しく胸打つ鼓動がきこえてしまいそうで恥ずかしい。目を伏せたまま、キスを返し、成一の背中を撫でた。傷ひとつないなめらかな肌は、細身だが均整のとれた筋肉に覆われていて、触ると熱くて波打っている。耳朶に息を吹き込むように「きもちいい」と囁いてやると、腰を撫でていた手のひらが、焦れたようにおれの固くなったものに触れた。恥ずかしくて、首元に顔を押し付けて隠す。
「んあ…、…」
「一保さん、顔見せて。みたい」
「へんたいめ……やだよ」
「ふつうだよ」
 ゆるゆると性器を扱かれて、顎が上がる。されるがままなのが悔しくて、成一の首筋を舐めてから、耳をわざと音を立てて舐めてやった。眉を寄せて「エッチだな」と笑う成一は、言葉の割に声に余裕がない。可愛いくて、そのまま目尻に口付けた。テレビから発せられているモノクロの光が、成一の端正な顔をゆらゆらと闇夜のなかに浮かび上がらせる。快楽のせいか、うっすらと頬が赤いような気がした。
「可愛いのはそっちだろ」
「あっ、……や、ちょっと待って」
 指が、こすりあげるスピードを上げた。緩急をつけて性器を弄ばれて、成一の目の前で一気にのぼり詰めてしまう。見られている、と思えば思うほど恥ずかしくて、だからこそ興奮した。見ないでくれ、おれを。いや嘘だ、本当は見てほしい。いやらしいところ、全部見て、触って、お前の物にしてほしい。
 寝室のふすまは開けっ放しだったから、顔を向ければ縁側の向こうに空が見えた。明かりを消した居間に揺れる、テレビから発する白黒の光。夜空に浮かぶ三日月のほっそりとしたかたち。なぜか、そういうもの全てがとても愛おしくてせつない。
「成一……もし、お前がおれのことを忘れても」
 酸素を求めて深く息を吸う。体の中心を駆け上ってくる快感が、止めようもなく出口を求めて鼓動を早めた。珍しく欲望でギラついた目をしながら、成一が「え?」と問い返す。
「おれは、お前のこと覚えてるから。全部、忘れないから」
 あたたかくて大きな手のひらの中で、おれは震えながら達してしまう。体から熱の混じった息が、激しく吐き出されていく。言葉の意味を問い詰められる前に、おれは成一の上にのしかかってキスをして、口を封じた。服の上からではわからない、たくましい体に指を這わせて腹筋を、胸筋を撫でる。心臓のあたりにキスを落として、上からまっすぐ成一を見つめた。
「だから、これから先、何があってもおれのことを信じてくれないか」
 十分な硬度を持ち、先端から雫をにじませている成一のものを掴む。やわやわと扱き、先端を舐めたり根元に吸い付いたりしながら、寝室のチェストに手を伸ばし、ローションとゴムを布団の上に投げた。枕の横に投げられたゴムを成一が拾い上げ、おれを見つめたまま口で封を切る。おれはローションを手にとって、左手で自分を慰めながら、右手で入り口を濡らして準備をした。成一が入ってこられるように。他人の体を自分の中に招きいれるために。
 息を呑んだような顔で、成一はおれの動向を見守っていた。眉を寄せた苦しげな表情は、普段見られない男っぽさを感じさせてドキドキする。馬乗りになってセックスしているというのに、おれが抱かれるというよりは、成一を抱こうとしているみたいだ。
 自分で自分の中を湿らせるという、普通に考えたら気が狂いそうなぐらい恥ずかしいことをしているのに、成一が見ていると思うとゾクゾクしてしまう。目を閉じ、指を入れて、広げるように塗り込めていたら、成一がパチ、と音を立ててゴムをつけ、そこにもローションを塗りつけている。
「一保さん、おれ、あなたより年下だし、カッコ悪い所いっぱい見せたし…その、セックスだってそんなに得意な方じゃないけど」
 長い指が腰骨をなぞり、かたちを確かめるように撫でた。
「得意じゃない?お前のキスも、さわり方も、全部好きだし最高だよ」
「本当?相性がいいのかな」
 挿入しようとする前だとは思えないような雰囲気で、おれたちは笑って、額を寄せ合った。
「あなたを苦しめる、悲しませるもの全部から、守ってあげられたらいいのに」
 こんな胸がせつなくなるような言葉、今まで言われたことがなくて、おれは眉をさげて唇をかみしめた。どんな言葉を返せばいいのかわからない。何を返せば、同じぐらい想いが伝わるんだろう。
「こうすることがあなたを傷つけていなければいいな。…無理してない?」
 指が、濡れた穴の中へと潜り込んでいく。長くて整った指は、おれの中をひらき、ぎゅうぎゅうと腹の内側を撫でる。気持ちが良くて、「んああっ」と恥ずかしい声が漏れた。慌てて口を押さえてももう遅い。
「まだ傷ついてないけど、お前のが馬みたいにでかいならケツが傷つくかもしれないから、やめよっか?」
「それなら安心だ、おれのは人並みだよ…ってそういう意味じゃないし!あっ、」
 成一のものの根元を掴んで、ゆっくり腰を落としていく。左手は、指を絡めてつないだ。体がひらき、埋められていく感覚。数ヶ月ぶりの感覚に、ぶるりと震えた。
「ぜんぶ、はいった」
「……熱いね、狭い」
 腰を揺らして、ゆっくりと上下に動く。締め上げるように、ゆったりとした動きで、両手をつないだままうごいた。布団に仰向けに寝転がっている成一が、おれが動くたびに小さな呻き声を上げるのが可愛くて興奮する。ああ、おれは今、好きなやつとセックスしてるんだ、としみじみ思った。きっと、成一は全部わかっている。だから、おれに任せてくれているのだろう。
 したくて、している。自分の意思で、体を開いている。被害者も加害者もいない、劣等感も焦燥感もない、純粋な愛と欲望で交わっている。
「ん、ん、せいいち、気持ちい?…もっと、動いていい?」
 きもちよくて浮かんできた涙のせいで、ゆらゆら揺れる視界の向こうで、成一が苦しそうに笑った。つないでいた手をほどいて腰を掴み、荒々しく上下に動かす。きもちのいいところに当たって、声がおさえられない。
「かわいいな、くそ…一保さん、すっごいかわいい。意味わかんないぐらいかわいい、もう、ダメかも」
「やっ、ああっ、ダメ、うごかしたら…!あ、きもちいい…!せいいち、せいいち」
 下から突き上げるように動かれて、頭を振って身悶える。腰を掴んで叩きつけるように動いてから、成一がおれの性器を掴んで激しく擦った。体を起こし、向かい合う体制でキスをしながら犯される。中が熱い。腹の内側をこするように、浅い所を何度も突かれる。
「一保さん、…おれを呼んで。もっと、いっぱい」
「成一、はっ、ああっ、成一……!」
 言ってしまいたい。
 好きだ、愛してる、ずっとそばにいてほしい、お前以外何もいらないと、大好きな目を見つめながら、もういいと嫌がられるほどに何度も伝えたい。
 その強い衝動と闘いながら、おれはことさら淫らに腰を振った。リズムを合わせるようにして、成一が腰を動かす。硬くて熱い、他人の体の一部が、おれの中をかき乱し、突き上げ、快楽でドロドロに溶かす。目があうたび、どちらともなくキスをした。くちびるを通して魂の一部を交換し合うみたいな、深くてごまかしのないキスだった。
「どこにいても、会いに行くよ。走っていく、絶対、忘れたりしない」
 そんな約束は無効になると知っているのに、嬉しくて泣いた。
 他のひとを愛したこともあった。愛されていたとも思う。けれど、心をつなぐことができただろうか、と考えた時、いつも頭をよぎるのは、かけられなかった電話と、背を向けてベルトを締める千葉の姿だった。
 愛の名目で傷つけられ、体の快楽ばかりが積み重なっていったのは、おれがそれを許容したから。わかっている。けれど、それで良しとしてしまったことが、いけなかった。体をつなぐことで得られるものなんて、互いの不毛な執着以外何もないのに。
 心の奥、固く閉ざしたままだった扉が開いて、まばゆい光が差し込んでいく。
 もう大丈夫だ。
 おれは、どんなことにだって立ちむかえる。
 生まれてはじめて、愛する人と心が繋がったから。
「ありがとう、…まってる」
 こぼれおちた涙が、座って抱き合う成一とおれの間に落ちていく。薄いゴムを隔てて成一が達するのとほぼ同時に、おれも達してしまった。体が中から溶けてしまいそうなぐらい、気持ちが良かった。
 全身を襲う脱力感と一緒に、成一にもたれかかる。抱きしめたまま横になった成一が、耳元で恥ずかしそうに言った。
「こんなこと言うの生まれてはじめてなんだけど……」
「うん?」
 荒い息を整えながら、頬をなでる成一の手のひらに目を細めた。
「もう一回したい」
「いちいち言わなくても黙ってやりゃあいいいいんだよ、そういうのは」
 指をくわえて思わせぶりに舐めてやる。
 途端に、野生動物みたいに視線が鋭くなって、胸の突起を爪ではじかれた。あられもない声が喉の奥から吐息と一緒に出て行って、成一はセックスの最中放り投げた布団を引き寄せ、俺をぐるりと包んだ。
「かぜひいたらダメだからね」
「こんな時まで紳士で尊敬するよ…、ん、ンア、ばか、ゆび、入れんな」
「さっきまでもっと太くて大きいのはいってたじゃない」
「親父か!んはっ、はは、あ、…ふ、う…いうほど太くないだろ」
「傷つくなあ。ねえ、言ってみてよ、『成一の太くて硬いやつ、早くいれて』みたいなやつ」
「はあ!?誰がいうか!だいたいおれ嘘つくのきらいなんだよ」
「ほんとひどい、正直ならいいってもんじゃないからね!?」
「うそうそ、だいじょうぶだ、おまえのは普通サイズだ、つっても詳細に知ってんのは3本程度だけどな、自分のもいれて」
「あっ…なんかそのあたりあんまり聴きたくない…黙らせる」
「なんだ嫉妬か可愛いやつめ。わ、あははは、くすぐってーやめろー」
 いつの間にか、セックスからくすぐり合いに変わっていた雰囲気を再び淫靡なものに戻したのは、腕を伸ばしてゴムをとった成一の目つきだった。いやらしく、ニヤッと笑いながら「じゃあ、2回戦行きまーす」と言ったのだ。
 当然一度でなんて終われなくて、結局、コンドームの箱が空になるまでやりまくってしまった。時々起き上がってビールを飲んだり、風呂に入ったり、それなのにまたやっちゃったりしながら、いつの間にか眠りについていた。久しぶりに、深くて安心な、まっさらな睡眠だった。

 まだ暗いうちに目を覚ました。隣では、おれの貸した長袖のフリースと自分で持ってきたジャージを着た成一が、気持ちよさそうに眠っている。ベッドで言うところのシングル並みの広さしかないから、大の男ふたりには狭くて、必然的にくっつきあう形になった。
 起こさないように、静かに布団の中から抜け出した。昨日のうちに用意しておいたオペラグラスや財布、携帯、光学ズーム付きのデジカメをリュックに詰めて、セーター、スタジャン、デニムに着替えた。
 そのまま家を出ようとして思いとどまり、居間のちゃぶ台の上に書き置きを残した。
『用事があるから先に出る。鍵はポストに入れといて。またな』
 それだけ書いてから、少し悩んで、書き足した。
『PS:ケツが痛い。お前のが太くて大きいからじゃねえかな?』
 このバカげたメモを見たとき、成一はどんな顔をするんだろう?自分で書いておいて笑いそうになりながら、玄関に出て靴を履いた。静かに扉に鍵をかけて、目的の場所に向かう。朝の冷たい風に首をすくめ、これはやっぱり車がいるな、と考えた。1日半、外で立ち尽くすことなんて出来やしないのだ。

「張り込みで電柱の陰であんぱん食う捜査員なんかいるかよ。車だよ、車。車を止めて、ホシの様子が見えるところに路駐して見張ってんだよ。オペラグラス使えばよく見えるからな、電気がつけば帰ってきたなとか、出かけるんだなとか、1日の様子をパクるまで何日も何日も観察するんだよ。車がないとやってられるか」

 友人の警察官の言葉を思い出しながら、おれは少し笑った。下らない雑談の中にも、ヒントは隠れているのだから、人と話しをすることは大切だ。3街区はなれたバス停の近くに小さなレンタカー屋があったことを思い出し、携帯で開店時間を調べて、目立たない色の乗用車を借りた。運転は久しぶりだったが、近場だし、小さな車なので特に問題はない。なっちゃんの家に向かう途中コンビニに寄って、1日分の食料を買い込んだ。簡易トイレなんかもあれば良かったんだろうが(あいにく、おれには張り込みを代わってくれる相棒なんて存在しないので)、夏ではないのだし、なるべく水分を取らないようにしようと決める。トイレに行っている間にスイは何者かに殺されていました、では、過去に来た意味がない。
 なっちゃんのアパートはどの部屋も入り口が東向きの一箇所しかなく、サイドを横切る南北道路に車を止めれば、人の出入りをすべて見渡すことができた。あまりにも近くに停めているとバレてしまうかもしれないので、少し離れた場所に停めて、なっちゃんの部屋の様子を伺う。人が近づいてくるたびにオペラグラスで顔を確認したが、2時間経ち、3時間が過ぎても、それらしき人物はやってこなかった。
 ハンドルに両腕を乗せ、ため息をつく。そう簡単にいかないだろうとは思っていたし、そもそもおれが過去に戻ったせいで、誰かがスイを襲った過去が変わってしまった可能性もある。だが経験上、過去に戻った日付けが元いた時間軸に近ければ近いほど、誤差は少なかったはずだ。戻ってきたのは1日前だから、そんなに大きな誤差は発生しない、と自分を励ます。
 太陽が真上を通り過ぎた頃、道の向こうからひとり、女が歩いてきた。マスクをしていて、顔はよく見えない。女は周囲を伺うようなそぶりを見せ、アパートの前を通り過ぎようとしたが、結局引き返し、外階段を上って、ある部屋のドアフォンを押した。
「…おれがいた部屋だ」
 オペラグラスごしに、女が苛立ったように何度も何度もドアフォンのボタンを押しているのが見える。誰も出てこないことに苛立ったのか、ドアノブをガチャガチャと回したり、扉を叩いたりし始めたけれど、やがて電気のメーターに気づいてそれをじっと眺めてから、諦めたように階段を下りていく。長い、柔らかそうな茶色い髪に、細くて女らしい体型。どこかで見たようなきがする、そう、どこかで…。
 そのまま立ち去るかと思ったけれど、女はなっちゃんの部屋の前に立ち、さっきと同じようにドアフォンを鳴らし始めた。そして彼が留守だとわかると、腹を立てたのかドアを蹴り、周囲の様子を伺ってから、アパートの敷地の中に転がっていた、大きな石を手に窓へと近づいていく。
 携帯電話をポケットに入れ、カメラを取り出して、車をそっと抜け出す。音を立てないようにドアを閉め、鍵をかけて、見つからないように細心の注意を払いながら、今にも窓を割ろうとしている女の姿をカメラで撮る。何枚か撮ってから、今度は携帯の動画で、窓を叩き割る瞬間まで証拠として撮った。あれ以上なっちゃんの家に被害が出ないように、携帯電話で例の着信番号を表示し、タップした。
――賭けだった。ほぼ、間違いないだろうとは思いつつも、もし違っていたら――あの女が、おれの想像している人間じゃなかったら、力づくで止めるしかない。
 車からオペラグラスを片手に女の様子を眺める。窓を割ることに興奮したのか、肩で息をしていた女が、携帯の着信に気がついたらしくポケットに手を入れた。携帯を手にとり、おそらくそこに表示された名前に驚いたのだろう、嫌悪と恐怖の入り混じった顔で、しばらく画面を眺めていた。
 6コール目で、女は電話に出た。こういうとき、相手にイニシアティブを与えてはいけない。かといって興奮させてもいけない。必要な情報を端的に伝えるために、深呼吸してから切り出した。
「そこはおれの友人の家だ。あんたがやってることはすでに犯罪で、現場の写真と動画は撮らせてもらったぜ。今からおれが言う通りにしなければ、警察に通報してこれらの証拠を全部見せる」
 電話ごしに、相手の動揺が伝わってきて緊張した。女は返事をせずに、固唾を飲んでおれの言葉の続きを待っている。
「ちなみに今から何をしようとしているのかも、だいたいわかるぞ。おれの住所が知りたかったんだろ。家捜しするついでに、おれを傷つける方法を考えて思いつくってことも知ってる」
 11月にしては眩しい昼の日差しに目を細めながら、ため息をつく。彼女を責めるのは簡単だった。けれど、できない。
「そのアパートを出て南に行けば、海辺に出る階段がある。そこで話をしよう。…あんたも、本当はおれと話がしたかったんだろ。スイを傷つけたり…友人の家を荒らしたりする必要はない。10分以内に来なければ、動画と写真は警察に持って行く」
 返事がないまま、電話が切れる。けれどおれは確信していた。
 彼女は必ず来る。怒りをぶつけたいのも問い詰めたいのも、おれのはずだから。

****

 冬の海は、昼間でも風が強い。海風に目を細め、魚くさい、けれど懐かしい匂いに安堵した。
 砂浜に座り込むより前に、女はやってきた。もっと様子がおかしいかと思っていたけれど、足取りも、マスクで隠しきれない目元も、現実を認識していたし、しっかりしていた。
 けれど、何か強い違和感をおぼえた。何かがおかしい。彼女の様子の、何かが決定的にー。
「久しぶり。――千葉の、結婚式以来ですね」
 女の目がきらりと光った気がした。まるで、自分のことなど知らないだろうと決めつけていたみたいに。
「…わたしを、覚えていたの」
「そりゃあ。きれいだったし、なにせ、親友の妻だし」
 彼女は、千葉の妻だ。子どもができたことをきっかけに、千葉と結婚した女。憎もうとしたこともあった。それは千葉に振られたから、ではなく、おれにできないことを見せつけられた気がしたからだった。あたたかい、承認される過程と子ども。千葉が欲しくてたまらなかったもの、そしておれには与えることのできないもの。
「今更、くだらない嘘をつかないでよ」
 吐き捨てるような声に、おれは自嘲した。とっくに、知られていたというわけだ。
「いつから?」
「…付き合ってるときから、知ってた。だって、そうちゃんは…隠せてなかった。親友と会ってくるっていって、あんなに嬉しそうな顔して…おかしいってすぐわかった。わたしの約束よりも、いつもあなたと会うことを優先して、発信履歴はあなたの番号ばかりで…!」
 男だとは、思わなかったけれど。
 そう呟いた彼女の声は、頼りなくてかぼそかった。こちらに歩いてくる途中、砂浜に足を取られて転びそうになったから、慌てて走り寄った。転んだりしたら、お腹の子どもにさわる…そう考えて、違和感の正体に気づく。
 千葉が「こどもができたから結婚する」とおれに伝えたのは、3月のことだ。そして今は11月。どう考えても、ほっそりとした彼女の腹部は、おかしかった。
「嘘、だったのか」
 声がかすれた。腹をたてる権利なんてないのに、あまりに卑怯な嘘に、声は上ずってしまった。
「そうよ。まさか、わたしを嘘つきだなんて責めるつもり?あなたにだけは言われたくないわ、男のくせに、そうちゃんを幸せになんかできないくせに、恋人のいる男につきまとって…!!結婚してからもあっていたんでしょう、知ってるんだから、嘘ついたって無駄よ」
 わたしなら、そうちゃんにあたたかい家庭を用意することができる。あの人はかわいそうな人なの、わたしじゃなきゃだめなの、子どもを作って、家族で仲良く暮らしたかった。わたしだけを見て欲しかった、それなのに、それだけだったのに!
 走り寄ってきた千葉の妻が、おれの襟首をつかんで怒鳴った。大きな目にギリギリまで涙が張り詰め、強い海風が吹いた瞬間、風の中に舞い散った。
「あなたは男でしょう?!それなのに女みたいに、そうちゃんに抱かれて喜んでいたんでしょう?気持ち悪い…許せない、変よ。頭おかしいんじゃないの?ひとのものに手を出して、結婚したのに会い続けるなんてどうかしてる」
 千葉が浮気をしていたことは、知っていた。「浮気」と言っていたのは、自分こそ浮気相手であることを認めるのが嫌だったからだ。けれど、世間的に見れば女と付き合うことこそが「正当」で、男同士が付き合うことは「異常で気持ち悪い」ことになるんだろう。不倫するつもりなんてなかったけれど、彼女にしてみればそんなことは関係ない。
「離婚するって言われたのよ。こどものこと…嘘だってわかった時、そうちゃんはわたしを責めなかった。責めて欲しかった、罵ってくれてよかったのに、土下座して、ここまでさせたのはおれだって謝った!!」
 胸を叩く拳の痛みに抗わずに、おれは彼女の叫びをきいた。好きなんだ、とわかってしまったから。彼女は、千葉の事を心底愛していたんだと伝わってきたから、何も言えなかった。
「あんまりじゃない、そんなのってないわよ、謝るなんて…!理由を言ってってどれだけわたしが言っても、そうちゃんはなにも言わなかった、ただ謝るだけだった」
 あなたなんでしょう?と睨みつける彼女の顔は、怒りで蒼白だったけれど、美しかった。恋する女の顔だと思った、自分の思いを声高に叫べる、叫ぶ権利のある、女の顔だと思った。
「そうちゃんはあなたのことが…忘れられないんでしょ?あなたと一緒にいるために、わたしと別れたいんでしょう?そんなことさせない、絶対に。許せなくて、あなたに、思い知らせてやりたくて…!」
 そこから先は言葉に成っていなかった。彼女は、両手で顔を覆って声をあげて泣き始めた。女性に泣かれるのは、どんな相手であれ辛い。リュックからハンカチを取り出してさし出そうとしたが、手のひらを思い切り叩き退けられ、ハンカチは風で海へと飛んで行ってしまった。
 何から話そうか、と考える。そして、何よりも大切なことを、まだ聞いていないことを思い出した。
「なあ、あんたの名前は?」
 悲劇のヒロインのように泣きじゃくっていた女が、あっけにとられたような顔でおれを見上げた。しゃがみ込み、視線を合わせた瞬間、平手が飛んできててひどく左頬を打たれたけれど、格闘技に心得があるので、この程度の打撃は何てことない。歯を食いしばって耐えて、もう一度訪ねた。
「気がすむまで殴っていいから、名前教えてよ」
 もう一度飛んできた平手。今度はクリーンヒットを避けるために軽く頭を動かしてダメージを軽減した。女の目が見開かれ、くしゃりと情けない顔に変わる。
「……千葉七瀬」
 離婚を言い渡されたと言いつつも、あくまで千葉姓を名乗るところに根性を感じて、おれは少し笑った。
 その油断が良くなかった。再び飛んできた右ストレート(今度は拳)がまともに入って、さすがにしゃがんでいられず砂浜に手をついてしまう。女性でも、本気で殴ればこんなに威力があるんだな、とクラクラする頭で考えた。
「七瀬さん。信じる信じないは自由だけど、おれと千葉はもう、とっくに終わってるよ」
「嘘よ!!つい最近まで、そうちゃんがあなたの家に出入りしてたことは知ってるのよ。さっきのアパートに…、それに、ホテルに一緒にはいったのだって知ってる」
 千葉に連れていかれたビジネスホテル。帰りぎわ、何度も知らない電話番号から着信があった。あれは、七瀬さんだったのか。千葉のあとをつけていたのなら、すべてがつながる。
 これは、話すべきではないかもしれない。迷ったけれど、その部分を隠したまま納得してもらう自信がなかったから、おれは正直に、かいつまんで経過を説明した。
「千葉が結婚するっておれに伝えた日、別れたつもりだった。でもあいつは、結婚生活を維持しながら、おれとの関係も続けたがった。それが嫌だったから断って会わないようにしたら、今度はおれの大切な人の事を調べて、そのひとたちに迷惑がかかるようなことを……つまり、おれがゲイだってことを、ゲイと仲がいいんだってことを、彼等の職場にバラすって言われた。
 おれはどうなったって構わない。でも、おれのせいで友人や家族が辛い思いをするのは、絶対に避けたかった。だから、言われるままに会ったし、求められればセックスもした。バカだと思うだろ、おれもそう思うよ。他にやりようはなかったのかって。でも…思いつかなかった。殴られるのが怖かったし、…嫌われるのも、怖かった」
 でももう、気持ちはなかったから、友人の助けを借りて…どうやら、「過去付き合っていた男性に、性行為を無理やり迫っていることを、家族や職場にバラすぞ」って脅し返してくれたみたいなんだけど、それからは連絡がこなくなった。会ってない。
 一息に言い切ったおれの言葉を、七瀬さんは目を見開き、時折口元に手を当てたまま聞いていた。
「それ、本当なの。そうちゃんが、そんなこと…嘘…だって……わたしには、バラしてもいいって…」
 なにかを思い出すように、七瀬さんが独り言をつぶやく。内容が気になって聞きかえすと、聞き逃しそうなぐらい小さな声で、七瀬さんはこう言った。
「『知ってたんだろ、おれが男と付き合ってたこと。もう、誰にバラしてもいいから、離婚してほしい』……そうちゃん、そう言った」
 頭の中で、小さな光が点滅した。「男と付き合っていることを知られなくなかった」はずの千葉が、「もうバラされてもいい」と言ったことは、何か…おかしい。矛盾している。おれを脅迫し、脅迫し返され、連絡を取ってこなくなった千葉。それなのに妻には、「もうバラされてもいい」と言ったこと。
 点と点が線でつながった瞬間、おれはあっ、と叫んで立ち上がっていた。
「七瀬さん、おれはもう行かなきゃいけない。もう、なっちゃんの家を荒らしたり、しないよな?おれだって、親友の妻を刑務所に入れたくなんかないんだ」
「だから、親友なんかじゃないくせに、その言い方やめなさいよ」
「ああ…ええと、元彼の妻、でいい?」
「どちらにせよ気持ち悪い。…もう、やらない。そうちゃんと、話をしなきゃ。きちんと、順序を追って。あなたのことを信じたわけじゃないけど、わたし、そうちゃんを諦めたくない。だって好きなんだもん」
 涙を拭って立ち上がった七瀬さんの堂々とした様子が、少し羨ましい。ため息をつき、「それがいい」と返してから、深々と頭を下げた。
「七瀬さんを傷つけて、すいませんでした。でも、おれも千葉のこと、真剣に好きだったんです。それと、これだけはわかってほしい。決して不倫するつもりも奪うつもりもなかった」
 90度に体を折った上での謝罪に、七瀬さんは、長いため息をついた。それから「やっぱり腹たつ」とつぶやいて、「でも私も、あなたのこと殴ったからお互い様よね」とささやいた。
 顔を上げ、目を合わせる。顔や口の中が痛かったし、「気持ち悪い」という言葉は未だ心に突き刺さっていて痛みを放っていたけれど、おれは笑った。辛い時こそ笑え、と、自分に命令しながら。
「もう行くよ。風邪ひくといけないから、早く家に帰れよ」
「うるさい、ほっといて、バカ」
 そっぽをむいた彼女からの悪態を聞きながら、おれは車に向かって走りだす。さっきの矛盾の答えはひとつだ。そして、予想が当たっているならそろそろーー
 携帯電話が、ポケットの中で震えた。画面に表示された名前は、想像通り「千葉創佑」。
 運転席に飛び乗りサイドブレーキを上げてから、通話ボタンを押す。
『……一保』
 波の音がきこえる。それに、吐息のような小さなこえは、確かに千葉のこえだ。
「うん」
『もし、おれがいる場所がわかるなら、会いに来てくれないか。ーーこれが、最後でいいから』
「ヒントも無しかよ、バカやろう」
 でも、分かる。きっと、千葉がいるのはあそこだ。
『来てくれないのか?』
「行くから、待ってろ」
 ふたりの思い出の場所。それは千葉がこどもの頃溺れかけ、絶望したのと同じ場所だ。
 そう、おれたちが出会ったのも、ともに同じ場所を目指したのも、広島だった。
 きっと、千葉は今、そこにいる。
 なんの前触れもなく、電話が切れた。バカにするなよ、と心の底から強い怒りが湧いてくる。バカにするな。おれたちはかつて確かに恋愛関係だったかもしれない。けれど、それだけじゃなかったはずだ。友人だったし、親友でもあった。
 恋愛なんかしてなくても、おれはお前を助ける。
「だって、お前は命を投げ出して、おれを助けてくれたじゃないか」
 車のキーをひねる。一瞬、交通機関でどれを使うか迷ったけれど、とにかく速さが命だ。
 どうやら横浜から新幹線で出る方が便利が良くて早い。乗捨てオーケーなレンタカーを借りてよかった。
 カーナビに横浜駅と入力をして、アクセルを踏み込む。片道4時間半の旅路。おそらく日帰りは無理だ。
 オーナーへの言い訳を考えながら、はやる気持ちを抑えこむ。

 前の仕事に就いた理由が、不意に頭をよぎった。命を救い上げるたびに、自分が存在する意義を見出すのだと、笑ってくれた千葉の顔や、これまで助けたたくさんのひとびとの顔。
 そうだ。関係の名前なんてどうでもいい。友達でも親友でも元彼でもなんでもいい。おれはただ、あいつに生きていてほしい。できたら幸せになってほしい。救いたいだなんて、おこがましいことだと分かっているし、傲慢な考えなのかもしれない、それでも、

―――人を助けたいと思うことに、理由なんかあってたまるか。