13: ―3回目、四年前―

──3回目、4年前

 青に飛び込む。誰かを助けて、光に向かって浮上する。吐き出したふたりぶんのエアーが気泡となって海面に浮かび上がっていく。揺れる海面の先に見える、白い光を目指して浮上する。
 目の前に見える背中を疑った事はなかった。千葉は期待に応えるどころか、いつもそれを上回る仕事をしてみせた。目標だと言っていた『特殊救難隊』に推薦されるほどに。
 誰か助けるって、なんかいいじゃん。軽い口調でそう言いながら、千葉は濡れた髪の間からおれを見た。すがすがしい笑顔だった。
「でもさ、昔はそんな風に思ってなかったんだぜ。なんでおれ、人助けなんかしてんだろって。おれのことは誰も助けてくれなかったじゃんって、無性にさ、妬ましくなるときがあった」
 そういう気持ちを、ひとり救うたびに抱えては、消えていく。その繰り返しの中、いつしかそういう怒りはなくなったのだ、と千葉は言った。
「クソオヤジが再婚した女の連れ子に3回ぐらい川に落とされたことがあるんだよな。可愛がってた犬が死んで、おれもマジで死にかけた。いや~、あれは三途の川が見えたね、やばかった」
 言った事あったっけ。飼ってた犬が川に流された話、と千葉がつぶやく。
「冬でさ、めちゃくちゃ寒くて、誰も助けてくれなくて、川下まで流されて。ああ、どうして誰も助けてくれないんだろうって思った。おれは何も悪いことをしてないのにって。で、決めた」
 身体を起こし、手をつないでから千葉が唇を重ねてきた。やわらかくて、冷たい。
「いつも殴りかえそうとかやり返そうとするたびに、暴力に暴力で報復することは、神様が許さない、地獄に落ちるって言われたんだ。良く分かんない宗教にハマってたからさ、うちの親。けどいいや、って思った。地獄なんかどうでもいい、今よりもマシなはずだ、そう決めて…」
 殴られたら、二倍やり返した。川に落とされたら、落としかえしてやった。大事なものを傷つけられたら、同じように相手の大事にしてるものをズタズタにした。そうすれば、報復すれば、もう手を出してこなくなった。
 普段、過去の話なんてほとんどしない。けれどごく稀に、辛さを吐き出すみたいに、千葉が痛々しい子どものころの話をしてくれることがあった。その後、とてもいい養父母に引き取られて今の彼があるのだけれど、それでも。
冷たい川の中で、神様なんか信じないと決めた子供の頃の千葉を想像するだけで、胸が張り裂けそうになった。
「――」
 おれはあのとき、なんて返したんだっけ?
 思い出せない。
 けれど、それをきいた千葉が、泣き出しそうな顔をしたことは覚えている。