11:―1回目から2回目へ―

 千葉が死んだときはじめて、過去に戻った。
 そのときにいくつか分かったことがある。
 まず、ポイントといわれる日時があって、そこを基準にしかさかのぼれないこと。ポイントのはじまりは保大入学時点になっていて、それより前には戻ることができないこと。たとえば思い切り過去に戻って、保大に入るのをやめるとか、そもそも子どもの頃にもどって、コタが消えるのを防ぐとか、そういうことは一切できなかった。
 保大以降も、セーブポイントのように、きまった時点にしかさかのぼることができない。他人のこと、とりわけ、大切に想っている人間のためにしか、戻ることができないことも分かった。何の為かはわからないが、おれの能力とやらには随分制限がかかっているらしい。
 記憶や意識は維持したままでいられたが、もちろんそれはおれだけ。家族や周囲の世界は全部、時間と一緒に過去に戻る。保大の厳しい訓練をもう一度受けなければいけないのは、精神的になかなかの苦痛だったが仕方がなかった。千葉を失うぐらいなら、他のどんなことにでも耐えられた。
 千葉が死んで、一度「やりなおし」た後――2回目は、千葉と関わらないように気を付けた。1回目と違って寮の部屋は何もせずとも離れていたが、何かにつけて話しかけようとしてくる千葉と距離を置き、親しくならないように努めた。外国語が得意なことはひた隠しにして、目立たないよう、ひっそりと大学生活を送り、着任先を決めるにあたっては、嘘をついて千葉と配属先がかぶったりすることがないよう、操作してもらった。そして幸いなことに、お互いに3管区と5管区というまったく違う所属に着任が決まり、ほとんど言葉をかわすこともないまま卒業を迎えた。味気なくて、孤独な大学生活だったが、おれは満足だった。こうすれば千葉と関わることも好きになることも苦しむこともない。そして彼が死ぬことも――ないはずだったのだ。
 あの日、たまたま人が溺れていたのを目撃したのが、おれと千葉だったこと。あれは果たして偶然だったのだろうか?今でもたまに考える。何も考えずに海に飛び込んで助けようとしたのが、おれだけじゃなくて千葉も同じで、前からよく知ってるみたいに息のあった救助ができた。当たり前だ。元バディなんだから。海から陸にあがって心肺蘇生法をはじめたときも、何もいわずに30回ずつ交代して、救急車を呼び、声を掛け続けた。
 やってきた救急車に溺れた男をのせてから、びしょ濡れのまま目を合わせたあのとき、全ての努力が台無しになったことを悟った。どんなに離れようとしても、出会わないようにしても、ひととき目が合っただけで気持ちは蘇ってしまった。
「村山だろ。久しぶりだな、卒業以来か?」
 5月の砂浜。家から徒歩5分の場所で、結局おれたちは出会ってしまった。そして転がり落ちるようにまた恋愛関係になった。何度も離れようとしたけれど、その繰り返しのせいで、千葉は病的に嫉妬深く暴力的な人間になっていき――…。

 最後には、おれを家に監禁し、首を絞めて殺そうとした。

千葉を人殺しにすることはできなかった。おれはどうなってもいい。千葉は、千葉だけは救いたかった。それがおれのエゴで、傲慢な考えだったとしても、幸福になって欲しかったのだ。
そうして1度やり直したあとの「2回目」も失敗した。意識を失う寸前、やり直そうと決めた時、おれは千葉を強く抱きしめた。
お前の側にいる。
たとえ運命じゃないとしても。