Right Action

【番外編】3つ数えて火を点けろ

 昼休みに入ると、女性社員三人に取り囲まれて休憩室へと連行された。女性の休憩室である。当然入ったこともなければ、中をのぞいたこともない。
「いきなり拉致してごめんなさい」
 女性のうちひとり、巻き髪の、かわいらしい顔立ちをした若い女が、まるで「ごめんなさい」が伝わってこない声で謝罪してからおれを睨んだ。あとひとりは恥ずかしそうにこちらをチラチラ眺めている大人しそうな黒髪の女性と、腕を組んで逃すまじとおれを観察している、二十代後半の女性。全員見覚えがある。ふたりは経理の女性で、ひとりは営業アシスタントだから課の同僚だ。
「デスクで話せないことですか」
 とはいえ、女性を敵に回すと会社ではやっていけない。不愛想だ、怖いと言われ続けてきたおれでも、それぐらいは分かっている。なんとか怖くない程度の無表情で問いかけると、彼女らはいっせいに「仁さまと仲がいいんですか!?」「電話番号知ってますか?」「おうちはどこにあるんですか?」「許嫁がいるって本当ですか?」「仁さま、いま恋人っているんですか?」と問いかけてきた。
 なるべく怖い声にならないように意識しながら、おれは言った。
「そういうことは本人にきくべきでしょう。あと、仲良くないです。友人でもないですし。だからあいつに恋人がいるかとか、許嫁がいるかとか、一切知りません」
 言いながら、会社の同僚に「様」付けで呼ばれる影浦のある種のすごさを認めざる得ないと感じた。なかなか日常生活で名前に「様」付けで呼ばれている人間をみかけないだろうに、ここ最近はやたらとみかける。同じ人間だけど。(つまり、『仁さま』ことだ)
 バキッ、という不穏な音がして驚いてそちらをみる。目の前の巻き髪女が、休憩室のかべに立てかけてあった木製のテーブルを、思いきり蹴った音だった。安っぽい天板には、大きな穴が開いていてぞっとした。
「きけたらこんなところまで成田さん連れてきてききませんよ~。とぼけるのはよしてください。仁さまの車に乗ってたでしょ?あんなの、ふつうないことですよ。仁さま、自分の車にひとを乗せるのも、家にひとをあげるのも、絶対しないっておっしゃってましたもん。ねー?」
 呼びかけられた周囲の女はうんうんと頷いて、ふところから謎の冊子を取り出して見せた。
「これ、ファンクラブの会報なんです。不定期発行ですけど、うちの社の女性社員、かなりの数の人間が入会してますよ。仁さまは鳳凰ビールのアイドルで、全女性社員の推しなんです。社内恋愛は絶対にしないって宣言されているからこそ、みんな遠巻きに推せるんですけど。そういうところも仁さまの、ファンへの愛情なんだってわたしたち思ってます」
 おとなしい黒髪の女性が、息継ぎを忘れたかのようにそう言って、酔ったような眼でおれを見上げた。怖い。純粋な恐怖がわいてくる。
「いや、本当に何も知らないんだ……。電話番号は知ってるけど勝手に教えられない。影浦に確認してからでもいいですか」
「まあいいわ。いまきいてください、ここで。ほかのことも全部まとめて」
 解放してほしい一心で、影浦を売ることにする。監視の目をゆるめない女性三人の前で、ちょっとまってくれ、と言って携帯端末をとりだし、今日休みをとっている影浦にメッセージを送った。

「休みに悪い。質問がいくつかあるので至急返信をくれ。
 ①お前の電話番号を提供してほしいという女性が数人、おれのところに来た。教えてもいいか。
 ②家の場所をきかれた。これはさすがに個人情報だろうから、うまく断っておく。
 ③許嫁はいるのか
 ④恋人はいるのか

    以上、おわり」

 こんなバカげたメッセージに影浦がすぐ返信するとは思えない。あいつは何かと忙しいらしい。詳しくは知らないが、今日も家の行事で休むと言っていた。社会奉仕活動ってやつだ、などとうそぶいていたが、あの傲慢な男がそんなことをするところが想像できない。
 携帯を持ったままぼーっと突っ立っていると、一分も経たないうちに電話がかかってきた。電話はまずい。目の前の女性たちにきかれていたら会話しにくい。
 たっぷり十コールは鳴った電話を、握りしめたままさりげなくポケットに入れてごまかす。三人の女性たちは、目の前でなにやら言い争いをはじめていて、こちらの音には気づいていない。ラッキーだ。
 鳴りやんでからすぐ、「電話はまずいんだ。メッセージで頼む」と送る。しばらくしてからメッセージが返ってきて、その中身を読んで思わず眉をしかめた。

『①絶対教えんなよ。教えたらコロス
 ②当たり前だ
 ③、④おれのことを知りたがるとは。かわいいとこもあるじゃねえか。今度直接教えてやるよ』

 
 なんだこいつ。もう勝手に教えてしまいたい。
 よほど顔をしかめていたのか、目の前の女性三人から、少しおびえたような空気がただよってきた。そうだ、おれの顔は怖いんだった。気を付けなければ。
「許可をとろうと試みたが、会社の女性には教えない主義らしい。だから住所も電話番号も教えられないですね。申し訳ない」
 ああー、やっぱり。そう言って顔をおさえたり天を仰いだりしている彼女たちに、思わず尋ねてしまった。
「影浦のどこがそんなにいいんですか。あいつは無礼だし、傲慢だし……顔ぐらいしかいいところが思いつかない。あ、あと金は持ってるな」
 言い終わる前に、彼女らの「はあ!?」という大声でおれの声はかき消された。
「何いってんですか!?紳士で、お顔立ちが美しくて、お仕事もできて、家がお金持ちなのにまったく鼻にかけない、仁さまほどの人格者はいないでしょう!」
「そうですよ!!営業はみんなわたしたち経理にはぞんざいで偉そうですけど、仁さまだけはいつも丁寧で、まわしてくる書類は完璧で、しかも、とてつもなくいい匂いがするんですよ!!」
 思わず眉間を指でおさえてしまった。おれの知っている「影浦仁」と、まるで違う人間のような気がする。知らないうちにパラレルワールドに紛れ込んでしまったのか?
 怒っていると思われたのか、女性のうちのひとりが「成田さんも硬派な感じでかっこいいし、まわしてくれる書類が完璧だから人気ありますよ」と取り繕うように言った。気を使わせてしまって申し訳ない。
 確かに影浦の顔は良い。顔だけで性格の欠点を全て許されてきたのでは、と思うほどに顔の出来は素晴らしい。あと、いい匂いというのもまあ分かる。あいつは自分のためだけに調合させた香水を身に着けている。持続時間が長い、表現しがたい中毒性のある香りは、影浦がいないときでもほんのりと席のまわりを漂っている。これが、香りが苦手な人間が多い営業男性の間でも、「傾国の美女がつけていそうな香り」といって大人気なのだった。
 とにかく、と声を上げると彼女たちはいっせいにこちらを見た。
「おれに伝えられることはありませんので失礼します」
 いうだけ言って、休憩室から走って逃げた。このままでは昼飯を食い損ねてしまう。急いで事務所に戻って『外勤』のマグネットをホワイトボードにはりつけた。そのまま営業車に飛び乗り、文字通り、その場を急いで逃げ出した。

 仁のセックスすごいでしょ、と女は言った。
 今度は、女優のように美しい顔と肉体を持った、若い女だった。

 影浦からの呼び出しはなかったのだが、借りていた本があったので家に帰って着替えてからヤツのマンションに入ろうとすると、エントランスに見知らぬ美女が立っていた。彼女はおれを見るなりそう言ったのだ。今日は女難の日らしい。
「……どちらさまだ」
「とぼけちゃって。ねえ、仁と寝てるんでしょ、あなた。仁ってそういう趣味だったんだ」
 彼女はそういっておれのことをじろじろと眺めた。
「ふうん。なんだか猛禽みたいな目の男。いい男だけどね」
「そりゃあどうも」
 エレベーターのボタンを押す。合鍵を渡されているので、わざわざロビーでインターフォンを鳴らしたりはしない。
 女は勝手についてきて、ガムをくちゃくちゃと噛み、ふくらませては割り、またくちゃくちゃと噛むを繰り返していた。まるで娼婦のような黒いドレスの胸元は大きくあいていて、こぼれそうな豊満な白い胸が惜しげもなくさらされている。
 腕を組み、エレベーターの壁にもたれている女は、さらにつづけた。
「あなたも道具使われてるの?ほら、仁ってセックスのとき、相手をモノみたいに扱うでしょ?殴ったり、縛ったり、いやらしい道具をいれられたり……まあそれがたまんないんだけど」
 おれが黙っていると、肯定されたととったらしい女が興奮気味に暴露した。
「仁が言ってたもの。セックスは、相手を道具扱いすればするほど上手くなる、って。人だと思ってお互いに遠慮やらプライドやら持ち込むからダメなんだって。ただの肉体だと思えば、快楽だけを追求できるんだよ。私もそれに賛成。そこにあるのは気持ちいことが大好きな肉体ふたつ、それだけ。だからわたしたちのあいだにはタブーなんかないんだ。なんでもやる」
 アナルだけは使ったことないけどね、と女は言った。同時にドアが開く。おれは黙ってエレベーターから出た。彼女は勝手についてきた。
「ねえ。仁なんかやめてさ、私と寝ない?」
 突拍子もない提案に、足が止まった。溜息をつきそうになる。
「どうしてそうなる」
「だってあの仁が、あなたに首ったけみたいだから。一体どんなセックスするのか気になるじゃない」
「別に……ただお互いの性欲のはけ口にしてるだけで、虚しくて下品な関係でしかない」
 反論するやいなや、彼女は腹をかかえて笑った。
「童貞じゃあるまいし、セックスに愛情が必要だなんていわないでよね。ばかばかしいしなんだか純情ぶってるみたい」
 好きだから触りたくなる、という、世間一般的な、普遍的な感覚は、彼女にも影浦にも通じないらしい。モンスターと話しているような気分になって、おれは黙った。
「わたしはその道のプロなの。歌舞伎町で女王様やってるから良かったら遊びにきてね。仁とはプライベートで知り合って、唯一金銭関係が発生しないセックスフレンドなのよ。このわたしを調教できるなんて、仁ぐらいのものだわ」
 月に二度はホテルに呼び出されてたのに、最近はなしのつぶて。すっかりご無沙汰で寂しくて、家探して来ちゃった、と悪びれることなく彼女は言った。
「もしかして抱かれる方じゃなきゃ無理とか?ならわたしがそういうペニバンつけて犯してあげる」
 腕を掴まれ、強引に胸をつかまされた。ただよってきた香水はきつくてむせ返るようだ。けれど彼女の雰囲気にはよく似合っている。
 あわてて腕を振り払うと、彼女は白けたような顔をした。
「……ま、そんなわけないか。仁はだれも好きになったりしないもんね。こっちもはじめからそういう約束だったんだけど、女って厄介。身体がいいと好きになっちゃうわけ、セフレが相手でも」
 肩をすくめ、大げさにため息をつく。どんな顔をしていればいいのか分からず、視線を落とした。
「だから仁はめったにキスしないの。好きじゃないから。もっとやばいところはいくらでも舐めてくれるくせにね。ロマンティックかよ。……あなたも仁とキスしたことないでしょ?」
 自分がどの枠に入るのか考えた。友達ではないからセックスフレンドですらない。同僚ではあるが。つまり「セックスする同僚」ということになるが、説明が面倒だし必要性を感じなかったので黙っていると、しっしっと手で追い払われた。
「もういいから消えて。つまんない男に用はないの」
 家に来たなんてバレたら仁に殺されちゃう、と冗談とは思えない口調でつぶやいてから、エレベーターの方へと戻っていく。おれはその後ろ姿を呆然と眺めたあとで、影浦の家に入った。

 いつもは、呼び出されて合鍵を使うときもドアフォンを鳴らす。
だが今日は女難にさらされすぎて少しぼんやりしていたのか、鍵をあけてそのまま家の中に入ってしまった。
 広い玄関を抜けてリビングに入る。あかりがついていないのに人の気配はあった。
「影浦、入るぞ。借りてた本を持ってきた」
 声を掛けた途端、リビングと一続きになっているベッドルームで、あわただしい音がした。女性の悲鳴と、布ずれの音。さすがに鈍いおれでも、来てはいけないタイミングに来てしまったことぐらいは分かった。
「取り込み中悪かったな。ここに置いておく」
 リビングに本を置いて部屋を出ようとすると、「あの人誰!?」という混乱しきった女性の声がきこえた。「友人だ。ちょっとごめん」とこたえた影浦の声はきいたことがないほど優しく、情事の最中に部屋に入ってしまったことよりも、なぜかそのほうがショックだった。
「出てこなくていい、続けてくれ。帰る」
「成田、待て」
 あいつらしくもないあわてた声がひどくみっともないと思った。
 おれは踵を返し、靴に急いで両足を突っ込んで、そのままマンションを出た。よくわからない感情が頭の中を支配していて、それを振り払いたくて、マンションから自宅まで走って帰った。
 自宅についてすぐ、携帯の電源を切って眠った。夕食をとっていないことに寝る前になって気づいたが、どうでもよかった。目を閉じてしばらくじっとしていると、重苦しい眠気がじわじわとやってきて、電源が切れるみたいに眠りに落ちていった。

 ***

 ライターのフタを開閉する、聞きなれた金属音が響いている。
 小気味の良い音だ。何度もきいたことのある音。うすぐらい中に灯るあかりはライターのものだろうか?おれはその明かりを追って、ゆっくりと歩く。
 あかりの場所には影浦が立っている。スリーピースのスーツ姿で、こちらを挑発するような笑みをうかべたまま、たばこを一本おれに差し出し、自分自身もくわえた顎をくいっと上げた。
 おれもタバコをくわえ、こいつから譲り受けたライターで火を点ける。火のついた先端を影浦のタバコに押し付けた。目を伏せている影浦は、うまそうに深く煙を吸い込み、長々と吐き出す。おれは少しむせながら、同じようにした。
「――ヤられにきたのか?」
 影浦はあざけるように笑って、おれを見下ろす。睫毛の影と、つめたい眼差しに負けじと睨み返すと、「誰でもいいくせに」とののしられた。
「弟のかわりに使える棒なら、なんでもいいんだろ」
 肩を突き飛ばされ尻もちをつく。足のあいだに影浦の革靴がぐ、と押し付けられ、本能的な恐怖と痛みに声をあげた。
「痛いか?……痛いのが好きなのは、痛くされたら許されるような気がしてるからだろう。そんなのは嘘だけどな」
「違う。そんなんじゃない」
 かなしいような、くるしいような妙な気持ちに胸が塞いだ。
 俯き、踏みつけられている箇所を眺める。影浦の足に力がこめられて、うめき声を上げた。
 どうしておれは影浦と寝るんだろう。金を借りているから?弟のことを警察に突き出すと脅されたから?弟のかわりにしてセックスを楽しみたいから?違う、全部違う、そうじゃない、と強くおもった。
 仁、と名前をよんだとき、あいつの顔に浮かんだ、みたこともないような切実な表情。思いつきでしたキスにみせた、戸惑った赤い顔。知らない顔をひとつみつけるたびに、後悔のような苦いものが胸に去来した。知りたくなかった。ただの傲慢な男でいてほしかった。
 玄関に置かれていた、細いヒールのパンプスを思い出す。小さな靴だった。明らかに高級なブランドのもので、品が良く、持ち主の気質を表しているかのように、あの広い玄関に溶け込んでいた。
「もう、やめたい」

 足の力が弱まった。顔を上げると、影浦は驚きに少し目を見開いていた。

「こんなことは、もうやめよう」

 夢だと気づくのに時間がかかったのは、目が覚めてすぐ、数センチ先にみえたのが影浦の顔だったからだ。視界が定まる前に、匂いで分かった。あのかぐわしい香水の匂いがした。
「来るなら連絡ぐらいしろよ。常識だろう」
 仰向けに眠っていたおれをまたぐかたちで上にのしかかられて、重い、と抗議した。眉を寄せた物憂げな顔は、普段の得意気な表情よりもこいつの顔がいかに優れているかをあらわにさせていた。
 悪かったな、とかもう行かないようにする、とか、ほかに言うべきことは色々あったはずなのに、寝起きのかすれた声は全く違う言葉を漏らしてしまう。
「……、あんなやさしく話せるんだな、お前」
 怪訝な顔で影浦が先を促す。おれは目を閉じ、顔を背けて言った。
「きいたことなかったから、びっくりしたんだ」
 女にするように優しくされたいわけじゃない。取引先や客のように、奉られたいわけでもない。ただ、
 ――どうしてほしかったんだろう?
「ヤりに来たなら今日はお断りだ。ちょっと疲れてる」
 考えるのが面倒になって放棄した。寝がえりをうって二度寝をしようと影浦の胸を押すと、その腕を掴まれ、ふたたび仰向けにさせられた。
「こっちを見ろ」
「嫌だ。本当に疲れて……気分じゃない」
「成田」
 懇願するような声に驚いて目を開ける。苦しそうな顔だ、と感じてすぐに、影浦の鼻先が当たって唇がふさがれた。
 抵抗しなかったのは、影浦のキスがとても巧みで、頭のなかが溶けてしまったからだと思う。唇を舐められ、開けとばかりに舌を差し込まれて、誘いこむように言いなりになった。頭の後ろを指がまさぐり、舌が腔内を撫でていく。息苦しくて顔をそむけようとすると、下唇を甘く噛まれた。
 長いキスが終わったとき、息があがって体はすっかり興奮しきっていた。唇が耳にあてられ、「気分じゃない、んじゃなかったのか?」と息を吹き込むようにささやかれ、背中の皮膚が粟立った。
 窓の外で雨が降りはじめ、窓を叩く音がする。キスをしながら服を脱がされ、脱がせ、体中を撫でまわす影浦の背中に爪を立てた。痛そうに顔を歪めながらも、「やめろ」とは言わないから、おれは思う存分影浦の背中に傷をつくった。
 湿った雨の匂いのあいまに、影浦の香りが鼻腔を濡らす。声をだすまいと唇を噛もうとするたびに伸びあがってきてキスをされて、もはや何もふさぐものがない状態で、すすり泣くような声がおさえきれない。
正面から、後ろから、何度も貫かれては果てて、お互いの体液が混じり合う。それが汗なのか、精液なのか分からなくなるぐらいに、ドロドロに溶け合った。どこまでがおれで、影浦なのかあいまいなぐらい。口を開けば果てしなく別々なのに。
「これが、おれだ。本当の……何のごまかしもない、嘘のないおれ自身だ」
 影浦がつぶやく。
 足を大きく開いて正面から貫かれ、一番奥の腹の裏をしつこくえぐられて、背中がシーツから浮いた。
「あ、……ああ、いい。いく、……いく」
 自分の声じゃないみたいな泣き声交じりの喘ぎ声だと思った。どうしてこんなにも感じるんだろう?気持ち良くて、このまま死んでしまいそうだった。
 胸の内でくすぶっていた紙屑に、まさに火が点こうとしている。
「は……っ、やっぱり、お前が一番気持ちいい」
 カウントダウンがきこえる。六、五、四、……
「余計なことを考えんじゃねえよ。お前はおれの言う通りに足開いてりゃいいんだ」
 わかったか?
 まだカウントはみっつ残っていたのに、この言葉で燃え上がった。絶対に隠し通さなければならない火だ。早く鎮火しないと、自分自身が燃え尽きて灰になってしまう。
 微笑んだ顔が美しくて見惚れた。最低なことを言われている。知らない女と比べられて順位付けされるなんて、――殺してやりたい。
 それなのにおれは足を影浦の腰に巻き付けて、激しく動いた。急かすように、搾り取るように淫らに腰を振ってしまう。
 殺したい、嫌いだ、お前なんか消えろ。
 言ってやりたい。ぶちまけてやりたい。
達した影浦は息を止めてこちらを見つめている。他人事のように聞こえてくる嗚咽をやりすごしていたら、指が目元を拭った。

「泣くな」