2 お前の心を殺す(影浦✕成田)FT風味

二十代前半ぐらいの帝国の王(影浦)×16歳ぐらいの少数民族の王族生き残り(成田)です。
深く考えずに読むのが良いです。性癖を詰め込んだだけなのでハピエンでもない。


 戦争は勝った方が正義になる。したがって、無敗の帝国は常に正義であった。
 仁が第19代目となる帝国の王位を継いだのは必然だと言っていい。4人いる兄弟はみな仁に膝をつき、周辺の国はこぞって属国となった。
 先程首を刎ねたのは、最後まで属国となることを拒んだ小さな民族の王族だ。遊牧民の野蛮人ども。仁は退屈な討伐を早く終わらせたかったが、終わらせたところで、もっと退屈な帝都の日々が待っているだけだ。それならばまだ戦争の方がマシである。人を意のままに動かし、陣取りゲームに打ち勝つのは知的好奇心が満たされ資源が得られて最高だ。
 弟の首が目の前で落とされたと言うのに、少年の目は強く仁を睨みつけたまま剣を下ろさない。この男こそが族長の息子で、最後の王族にあたる。こいつを切り捨て首を刎ね持ち帰れば、仁の仕事は終わりだった。

「これは面白い。陛下の御前でここまで虚勢をはれるとは」
 みどころのある少年だ、と側近のひとりである羽瀬が言った。
 年は仁の5つほど下だろうか。この辺りでは珍しい黒髪に、切長で鋭い黒い眼をしている。健康的に日焼けした肌に、額のサークレットが映えている。眉間のあたりに埋まっている空青色の石は、王位継承権を持つ者の証だった。
  羽瀬が剣を振るうと、少年も応戦した。年齢からは想像できないほど、老練した技術で羽瀬に迫ったが、剣では仁に迫る使い手である羽瀬にはとても敵わなかった。
「遊びはほどほどにしろ」
 馬上から仁が少年を見下ろす。剣を奪われ、踏みつけられた少年が視線を返してきた。
「殺してやる」
 怨念のこもった声に、羽瀬が笑った。周囲の配下からもさざめくような笑い声が巻き起こる。
「おれの首も弟のようにはねるがいい。呪いつくして、必ずお前を殺してやる」
 仁は笑った。心から笑ったのは久しぶりだったかもしれない。
「貴様面白いな。――羽瀬、そのガキを縛り上げておれの部屋へ連れて来い。殺すなよ。おれは先にセンシュンに入る」
 馬を走らせる王の背中を見送ってから、羽瀬は口元に笑みをのせた。その顔は『また陛下の悪いくせが出た』というほんの少しの揶揄が含まれていた。

 センシュンは帝都に通じる街道途中にある。それなりの大きさを持つ街だが、帝国の、苛烈をきわめる新しい王が訪れるとあって、街中は落ち着かない空気に包まれていた。
 仁は、大陸中をまわってもこれほど美しい男はいない、と噂されるほどの男だ。おまけに今もっとも勢いのある、帝国の王。政局をくぐりぬけ即位した後は、わずか一年で長い戦争に疲弊していた帝国をここまで強大な国にした。
「抵抗してはいけないよ」
 腕をしばられ、寝台にくくりつけられた少年は、猛烈に暴れた。これから自分が何をされるのか薄々理解していた。父からも母からも、帝国の人間は人の皮をかぶった狼だと教えられていた。弱きものは犯され、奪われ、殺される。戦に明け暮れ、緑が根付かない国。荒廃した大地を捨てるために周辺の国を侵略するのだと。
「陛下の美意識は大陸一優れていてね。ああ、でも面倒だと感じられたら終わりだよ。君は凛々しく美しい少年だから、本当は僕の奴隷にしたかったんだけど」
 おまけに剣筋に見込みがあるし、と羽瀬が淫靡に笑って腰を撫でる。絹で出来たローブをまとわされた少年は、下着すら履かせてもらえずうつ伏せにされ、腰だけを持ち上げた姿勢を強いられていた。
「やめろ。殺したければ殺せばいいだろう」
 叫び、暴れる。だが羽瀬の手は強く、びくともしない。
「陛下の愛妾になれたら僥倖じゃないか、君。そんなに抵抗するものじゃない。失うはずだった命をかろうじてつなげたんだよ。尻でもなんでもつかって生き延びるべきさ」
 催淫の効果がある植物の蜜と、油を混ぜたものが臀部にどろりとかけられる。少年は唇を噛み、屈辱と衝撃に耐えた。指が入ってきて、その場所を開こうと蠢く。
 しつこくそこを弄られたあとで、扉の開く音がした。仁が入ってきたのだ。
「下がっていいぞ」
「はっ」
 優雅な動きで人払いをしてから、仁が少年を見下ろす。寝台の側に立ったまま、手のひらで尻を打った。
「名前は」
「誰が言うか」
 仁は小物入れのようなものから馬を叩く鞭を取り出し、振りかざして尻を打った。少年がくぐもった悲鳴を上げる。それでも負けずに顔を向けて睨みつけてくる少年に、仁は少しの感心と、少なくない興奮を覚えた。
 鞭の先で少年の顎を上げる。唇の端から一筋の血が流れていた。意志の強い眼が、仁をきつくにらみつける。
「おれにそんな顔を見せるやつはお前が初めてだ。どいつもこいつも、媚びた笑みばかり浮かべやがる」
 少年の抵抗を片手で抑え込み、身体を蹂躙する。ちょうど青年になろうとしている成長過程にある肉体は、歯を立てると鋭く跳ね返してくる。仁は少年の体中を念入りに嬲り、噛み、痕を残した。
 抵抗するたびに頬を、尻を平手で打ち、その声が哀願に変わるのを待った。だが少年の唇から漏れたのは、苦し気な吐息と呪詛だけだ。ますます興が乗って、仁は普段よりも時間をかけて奴隷を抱いた。
 黒い髪に後ろから鼻を埋めて挿入する。少年の首筋からは森のようなかおりがした。

***

 硬く閉じたまぶたの裏に、弟の首が草原に落ちる風景と、どすりという重い音がよぎる。
 許さない、と歯を食いしばった。あの、はちみつのような色をした美しい髪の、冷酷な狼。
「どれほど辱めを受けたとしても、おれの心だけは絶対に犯させない」
 すぐに飽きて斬られると思っていたが、あの若い狼はしつこかった。それどころか、日に日に執着を増していた。街道沿いに街を北上しながら帝国に向かう道すがら、街という街で、少年は王に犯された。縛ったままではやりにくい、と言って途中からは足かせも手かせも外され、昼夜を問わず、気が向くままに凌辱され、しまいには足首に奴隷の所有を示す重い石のついたアンクレットまでつけられた。日に透けると赤く光る石だ。それは少年の爪ほどの大きさがあり、王の執着をそのまま示していた。
 少年は身体を起こす。全身が傷みで軋んだが、手足は自由だ。扉に鍵はかかっていたが、窓は開いていた。
 王は街の貴族が開いている宴に出ていると知っていた。側仕えの者が噂をしているのが聞こえたのだ。

『陛下があのような奴隷に夢中になられるなど……』
『だが、確かに我が国では見かけないものだ。見事な黒髪に黒い目をしている』
『陛下はめずらしくて美しいものがお好きだ。宴も早々に切り上げてこられるだろう。奴隷に湯あみをさせねば』

 
 周平、と小さく名前を呼ぶ。涙は流さなかった。
 少年は年の近い弟を愛していた。幼いころからともに馬に乗り、剣術を鍛え、草原を走った。父王よりも母君よりもずっと深く強く愛していた弟を、目の前で殺された。
 配下を何人も殺されたことに腹を立てていたのかもしれない。剣で上回るあの狼は、ひと思いに殺さず剣でなぶってから首を切り落としたのだ。このおれの目の前で。
 街に寄るたびに、有力者の屋敷で一番いい部屋に通されるこの男は、奴隷ひとりを思い通りにするのにも油断しなかった。どの街でも、部屋の中には武器になりそうなものや怪我をしそうなものはひとつもなく、窓や扉の外には見張りがつけられていた。ご苦労なことだ、と皮肉っぽく少年は思う。奴隷の子どもひとりのために、そこまでするなんて。
 逃げるのは無理でも、武器のひとつぐらいはどうにかなるはずだ。この屋敷の地下には武器庫があって、その一部が王に献上されたのだと側仕えが囁いていた。破竹の勢いを誇る帝国の王に、誰も彼も気に入られようと必死だ、と蔑んでいるのもきいていた。
『献上品はどこに置く?』
『馬に曳かせるが、もう天幕はほかの献上品でいっぱいだ。陛下の部屋の隣しか場所がない』
『不敬にあたらないか』
『とはいえ場所がないのも事実だ。仕方あるまい』

 窓の下を伺う。見張りの男は退屈そうに街ゆく娘たちを眺めていた。窓をそっと開け放ち、隣の部屋を覗き見る。献上品を仕舞うぐらいだから、人がいない部屋であることは間違いないだろう。
 目の前の建物は、村で見かけたことがない白い壁をしていた。少年は少しの間まぶしい日差しに目を細めた後で、窓の外へ出た。窓の下に這う雨どいを伝って、隣の部屋へ侵入した。

***

 いつごろだったか思い出せないが、仁はその少年を知っていた。
 まだ先代の皇帝陛下が存命だったころの話だ。
 馬を狩り、草原を走っていた。そこは祖国から遠く離れた異国で、先代に付き交易を迫る交渉に随行していた。
 見渡す限りに青い空と、緑の草原が広がっていた。建物は見当たらず、方々で家畜が美味そうに草を食んでいる。遠く離れた場所では、羊飼いと思われる少年が、長い鞭と犬を使って家畜を追い立てていた。
「何もないところですね」
 馬上で漏らした仁の言葉に、先代は笑った。豊かなヒゲが笑い声と一緒に揺れている。
「帝国と比べればそうだろう。このあたりを治めているのは遊牧の民だ。馬と弓と剣術に長けていて、移動しながら暮らしている。好戦的な連中だったが、現王は平和主義らしい。たびたび国境を襲われいてた南方のトルクメニの連中は胸をなでおろしているだろうよ」
 風が吹いて、草原が揺れた。青い匂いが鼻腔を通り抜けていく。
「気持ちのいい場所ですが、用途はあるのですか」
 祖父である王がこの土地を欲していることを仁は気づいていた。和睦や貿易などきっかけにすぎないのだ。力づくで奪い、支配する。強きものがすべてを得る。この大陸のルールだった。
「肥沃な大地がある。もう少し行ったところだが、黒い土をしていてな。水源も豊富だ。それに位置が素晴らしい。ここを足がけに、南方へ出陣できる」
 返事をしようとした仁のすぐ横を、翼の大きい鳥が矢のように抜けた。隼だ。美しい猛禽は、草原を低い高さで飛び、丘の上へと上がってから止まった。
 視線を上げると、馬に乗った少年がこちらを見下ろしていた。異国の服に身を包み、背筋を伸ばして馬上にいる彼の肩に隼が止まる。
「道に迷っているのか」
 まだ12、3といったところだろうか。声変わりもしていない柔らかい声が、心配そうな響きを含んで投げかけられる。これが帝国なら不敬罪で断首ものだが、ここは異国だ。仁はなるべく優しい声で言った。
「いや。ただの散歩だ。聡い鳥だな」
 隣で父王が目を丸くして仁を見ていた。少年は少しうれしそうな顔をした。
「散歩か。ならいい。もうすぐ雨が降る。異国の客人も早めに引き返されよ」
 まるで宝石のようだ、と仁は少年の黒い髪と目に見とれた。鋭く、眦の切れ上がった涼しい目元と、薄い唇。帝国では見たことがない。
「兄上、またここにいたのですね。帰りましょう、母君がお待ちです」
 もう少し話していたかったのに、少年は兄弟と思しきものとすぐにその場を後にしてしまう。仁は名残惜しくその背中を眺めた。
「父上」
「どうした」
 この国を手に入れましょう、と仁は言った。
「本当はあの少年を奴隷にしたいだけだろう?」
 魅力的な子だ、と囁かれて仁は顔を背ける。色鮮やかな異国の服に身を包んだ少年。馬に乗るのがとてもうまかった。腰にぶらさがっている曲刀は、みたこともない石がついていて見惚れてしまった。
「美しいものが好きなだけです。この大地も、あの子も美しかった」
 だからこそ邪魔なものは排除しなければ、と思った。
 彼に家族などいらない。
 あの子どもにはおれだけがいればいいのだ。

***

 短い黒髪を飽きずに撫でつけながら、男は眠りについた。
 帝国についてからもう半年になる。すぐに飽きられると、その日を心待ちにしていたのに、王の執着は増す一方だった。
「悠生、いいか。このアンクレットには魔法が込められている。両腕のブレスレットも同じだ。この城の敷地から出ると爆発して、お前の両腕と片足が吹っ飛ぶ」
 いつの間にか知られてしまった名前を呼びながら、男は執拗に悠生を抱いた。王の帰還を喜ぶ宴の合間に抜け出してきて抱くことすらあった。まるで中毒だ、と悠生は怯えた。自分の体も、最近では阿片を飲まされなくても快楽を追うようになっている。恐ろしいことだった。
「城の敷地は好きに使え。馬も与えてやる。……気持ちいいか」
 正面から大きく足を開いて犯しながら、仁は足首のアンクレットに埋められた石に舌を這わせる。そのまますべらかなふくらはぎ、ふとももへと唇を辿らせ、股関節に強く吸い付いて痕を残した。
「あ、ああ。もう、いやだ、いや。――殺せよ。おれを弟のところへ返してくれ」
 涙が出る。これは計算ではなく、自然とこぼれ落ちた。
「おれの名前を呼べ」
 仁、と名前を呼んでやる。その瞬間だけは、この男を哀れに思った。誰も名前で呼ばない男。陛下。皇帝。血狼王。彼を彩る呼び名は数多とあるのに、名前は誰も呼ばない。おそらく両手では足りないほどの愛人たちですらそうだろう。
「飽きるまで食い尽くしてやるよ」
 言葉は苛烈なのに、視線は優しかった。情欲というよりも愛情のようなものを感じ、悠生は背筋がぞっとした。それは嫌悪ではなかった。そのことが恐ろしかった。
 体中を汚されても、朝まで何度も犯されても、睨むのは止めなかった。心だけは犯されてなるものか。身体を好きにされても、魂までは汚されない。
 そう心に刻みつけていたはずなのに、迷いが生じていた。悠生の身体は成長し、少年の面影はほとんどなくなっていたのに、この狼は食すのを止めなかった。これは一体、どういうことなのか。

「君はうつくしいよ」
 陛下のご機嫌取りついでに寄った、と笑った羽瀬が、薄いシルクのガウン一枚でベッドに横たわっている悠生を舐めるように眺めてから言った。
「清廉な雰囲気を持っているのに、抱いたら淫乱なんだってね。――近頃は阿片を吸わされていないのに、中で達するんだって?」
 与えられた馬には一度も乗っていなかった。宝石や衣服にも関心がない。悠生を励ましているのは、ベッドの下に隠した短刀だけだ。
「試してみますか――アレをくれるなら構いませんよ」
 無表情にそういって足を開くと、つばを飲み込む音がした。
 淫蕩な阿片中毒者だと思われているほうが都合がいい。悠生はそう判断して、最近はそのようにふるまっていた。羽瀬は望むだけ阿片を与えてくれたが、本当は隠れて捨てていた。
「やめておこう。バレたら僕が殺されるだけじゃ済まない。お家断絶だよ」
「意気地なし」
「好きに言ってくれ。阿片の吸引はほどほどにするんだよ。煙にして吸うと、中枢神経がやられて早々に廃人になる。最近じゃ陛下が吸わせてくれないだろう?君を守りたいんだよ」
 羽瀬は未練がましく悠生の太ももを撫でまわしてから部屋を出た。数分後、仁が入ってくる。
「また阿片をもらったんじゃねえだろうな」
 全身をまさぐられ、顎を持ち上げられる。まっすぐ見返すと、苦しそうな顔で抱きしめられた。
「いつになったらお前はおれを許すんだ」
 許す?
 許されたいのか、この男は?
 悠生は笑いだしそうになるのを堪えて、奴隷に夢中になった哀れな王の背を撫でてやった。
「もう憎んではいません」
 嘘だった。だが、殺すよりももっといい復讐を思いついたのはこの時だった。
「嘘をつくな。お前の目は口よりも物を言うんだ」
 かきだくようにされ、そのままベッドに押し倒される。溺れる者が縋る藁のように抱かれながら、悠生は決行を明日の朝にしようと決めた。

***

 朝の匂いは独特だからすぐに分かる。憂鬱な朝が多かったのに、悠生が来てからはそうでもなくなった。
 仁は隣にさっきまで抱いていた少年がいなくなっていることに気づいて飛び起きた。扉には鍵がかかっているし、手足にかけた魔法も無事に継続しているはずだ。それなのに、感じたことのない胸騒ぎを覚えた。
「おい!!」
 部屋の奥、テラスになっている手すりの上に悠生は立っていた。絹のガウンは肩から落ち、情事の匂いを色濃く残した背中が見える。
「何をしている。危ないだろう、降りろ」
 ここは4階だ。王の寝室ではなく、愛人を囲うための部屋だが、それなりの高さがある。
 悠生は朝日に縁どられた横顔をこちらに向けた。その手には短刀が握られている。
「来るな」
「分かった。ここから動かないから、そこから降りろ」
 おれを刺したければ刺せばいい。そう言った仁に、悠生は苦しそうな顔をした。
「そうするつもりだった。でも、できない自分に気づいてしまった。これは、死んだ家族に対する裏切りだ」
 喉が渇いていた。からからだ。声がかすれてしまう。
 仁は必死で声を張り上げた。
「おれを許さなくてもいい。死なないでくれ。お前を愛しているんだ」
 落とした視線がゆっくりとこちらに向いて絡まる。悠生は泣いていた。その顔を見た仁は、生まれて初めて心が砕け散りそうになった。心臓が張り裂けそう、とはこのことだ。
「おれはお前を殺せない。だから、こうするしかない」
 駆け寄った手は間に合わずに空を掴んだ。

「周平、これで許してくれ」

 まるで時が止まったようにゆっくりとした動きで、仰向けに両手を広げたまま、悠生はそこから落ちていった。