1 絶対にセックス出来ない部屋(影浦✕成田)

攻め目線で、「絶対にセックスできない部屋」に閉じ込められる影浦と成田の話。
※ライトアクションのオフ本書き下ろしの続きなので、そちらのネタバレが少し含まれています。
 大丈夫な方のみご覧ください。(重要なところは伏せてありますが)


――1日目――
 目が覚めると見たことのない天井だった。
 おれの家ではない、ということだけは確かだ。こんなありふれた、やすっぽい天井の家に住んだことはない。しいて言うなら成田の家(家…なのか?小屋といったほうが近いかもしれない)の天井材とよく似ている。狭苦しいワンルームマンションの白いビニールクロスと、センスのセの字もないLED蛍光灯の白色。家とは寝る場所であり、安らぎの場ではない、といった体の……
「どこだここは」
 おれの声に、誰かがごそりと動いた音がした。成田だ。
「目が覚めたらここにいた。誘拐されたらしい」
「ふうん」
 努めて冷静におれは言った。それから身体を起こし、状況の把握につとめた。
「拷問でもされるのか?」
「いや。身体は痛めつけられていないな。拘束もされてない。先に起きたからひととおり調べたけど、何の変哲もない1LDKのマンションだ。ただ、出られない。玄関にこんな手紙が置いてあった」

 『この部屋を出る方法はひとつ。一週間セックスしなければ出られる。
お前たちは監視されている。
すべての空間が我々の監視下にある』

 ……沈黙するしかない。だってそうだろ。なんなんだこの条件は。
「今度は一体どういうやつらに恨みを買ったんだ?」
 成田がうんざりとした声で言ったのが腹立たしい。決めつけるな、お前かもしれないだろうが。
 外部に連絡を取ろうにも携帯端末が取り上げられていて不可能だった。このままだと捜索願が出されてしまう、と心配しそうになって、そういえば今は全社員が自宅待機中なのだ、と思い至る。すべての経済活動が著しく制限を受けている今、営業をしてナンボという我々のような業種は休むしかない。(むろん、何の手も打たずにぼんやりと休んでいるわけではない。自粛期間終了後の計画を家で考えているところだった)
「仁と一週間セックスしなければいいんだろ。簡単だな」
 自分が言うべきセリフを先取りされてカチンときた。いやいや、どっちがスケベか分かってんのかお前?間近にいる魅力にあふれたおれに触ることができず、我慢できなくなって襲い掛かってくるのはおれじゃなくてお前だと思うが?
鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌で成田がテレビをつける。ご丁寧にケーブルテレビが用意されていて、成田はおれになんの許可も取ることなくMBAのチャンネルに合わせてからビールのプルタブを上げてゆうゆうとソファに座った。
「他社のビール飲んでんじゃねえよ、タコ」
 いつの間に冷蔵庫を開けてビールなんか出したんだ。監視されている、と書いてあるような家の中で、よく自由にふるまえるな、と呆れたが、そんなおれも1時間後には自宅と同じようにふるまっていた。成田のバカが移ったんだろう、たぶん。

――3日目――

 生活は案外上手くいった。飯は決して美味いとはいえないものの、食えないほどではないものが、壁の穴から二人分押し込まれるようになっていた。トレイに載せられたそれらはカレーだったり、かつ丼だったり、豚の生姜焼き定食だったりした。
 テレビばかり見ていては身体がなまる、と成田は一人で腹筋を鍛えたりスクワットをしたりしていた。その合間に、おれはノートを片手に事業計画を考えていた。PCというごく当たり前のものがこの部屋にはなかったので仕方がない。
 家から出られないかわりに、家の中で遊べそうなものは充実していた。まず映画は見放題だったし、ボードゲーム、ツイストという謎のゲーム、テレビゲームが完備されていた。簡単なジムのような部屋もあった。本もいろいろと置いてあったが、意外にも読書家である成田はほとんど知っている本ばかりだといって落胆していた(おれも洋書は読むが、日本の、時間の経っていない本は価値がはっきりしないので、ビジネスに役立つもの以外は読まない)
「チェスでもやるか?」
 読んだことがあるらしい「戦争と平和」の再読から顔を上げた成田は、少し考える風に視線を下げた。
「勝てる勝負しかしたくない。仁の得意ジャンルは嫌だな」
「負けず嫌いめ。ならゲームでもするか。あいにくおれはほとんどやったことがないから、どのボタンを押せばどうなるのかまるで分らんが」
 目を細めるようにして、成田がすこし笑った。悪くない表情だった。かわいいという言葉に近い感情がこみあげてきて、自分の狂気に辟易した。この男のどこに「かわいい」などという要素があるのだろうか?おれと同じぐらく身長が高くておれよりも厚い身体をしているのに、病気か?恋の病だとか誰かが言ったら死ぬまで殴って二度と口を利けないようにしてやる。
「おれもあまりやったことがない。平等だな。普通にやるだけじゃつまらないから、負けた方がひとつずつ秘密を話すっていうのはどうだ」
 成田がソファから立ち上がり、テレビにゲーム機をセットする。今はやりの「Nintendo Switch」だ。最近は「どうぶつの森」という、さまざまな動物を集めるソフトが社内でも流行しており、中では公然と人身売買や株の不正取引が行われているらしい。秘書の三城はずっと「ぴえん顔のひつじを一匹買いたい」とマフィアのようなことを言っていたが、一体なんのゲームなんだ。
「マリオカートが入ってる。そっちのコントローラーを持てよ」
「このおれに車の操作で勝負を挑むなんて一億年早いぜ、成田のくせに」
「ジャイアンみたいなこというな」
 笑い混じりの声。楽しそうだが、余裕をぶっこいていられるのも今のうちだ。おれのドラテクに恐れをなして詫びることになるのは成田、お前だ。
 ゲームがはじまると、感覚で操作してもなんとかなった。車を運転しているとは全く思えないが、タイミングよくコントローラーを動かしさえすればなんとかなる。
「クソ」
「おれの勝ちだな。さあ、お前の秘密を教えろ」
 やはりというべきか、成田はゲームが下手くそだった。
 おれはというと、昔からやったことがないものを初見でやっても、それなりにできる人間だ。ゲームであろうがスポーツであろうが、セックスでさえそうだった。産まれながらに凡人とは出来が違う。
 自分の操作した全身赤い服をまとったひげ面の男が、うれしそうにサーキットの中を駆け抜けていく。画面に向かって「よくやった、ジジイ」、とねぎらいの声をかけてやると、成田が隣で鼻を鳴らした。笑っているらしい。負けたくせに楽しそうな顔をするな。
「秘密……、特にないな。お前には全部知られてるだろ」
 弟のことを言っていると察して、おれは機嫌が悪くなるのをこらえた。
「そうでもない。女の話は聞いたことがないぞ。お前がはじめて寝たのは、あのフライトアテンダントの女だろ。その話をしろよ」
 顔は思い出せないが、成田の元恋人であるその女のことは概ね知っている。だが成田の口からきいてみたかった。性的指向と合わないセックスは一体どんなものだったのか、繊細な部分にこそ土足で踏み込んで荒らしてやりたい。
「奈乃香は全く悪くないんだが」
 成田は言いづらそうに目をそらした。
「女性の体は柔らかくてびっくりした。甘い匂いがするし、どこもかしこも細くて頼りないから怖かったな。性的にはまったくそそられないから、ほとんど性交渉を持つことがなかった。人としてとても好きだったけれど……彼女には悪いことをした」
 淡々とした声で「これで満足か」と成田が言い、おれはきいたことを少し後悔した。ひととして好きだった、という言葉の意味は理解できるのに、自分以外に心を向けていたというだけで不愉快な気持ちになった。我ながらどうかしている。
「次は勝つ」
当の本人は不快な質問で逆に負けん気に火がついたらしい。コントローラーを持て、と偉そうに命令してくる成田を横目に見ながら、こいつのこういうところが気に入っているのだ、と実感せざるを得なかった。負けても折れない。必ず向かってくる。
「仁の秘密も絶対に暴露させてやるからな」
 そっちが目的か。面白い。
「かかってこいよ。おれがお前に負けるなんてあり得ないけどな」
 勝負はおれの5勝1敗だった。一度だけ勝った成田は、「仁のかっこわるい話がききたい」などと抜かしたのだが、このおれがみっともない瞬間など一秒たりともあるわけがない。朝起きた瞬間から夜ベッドで目を閉じる瞬間まで、おれは常に完璧で美しい存在だ。
 強いて言えば、この30年あまりの人生でおれを一番振り回し、苛立たせ、気持ちを乱したのは目の前にいる成田に他ならなかったが、そんなことを言うのは癪なので黙っておいた。
「会見と式をとりやめた件ぐらいだな」
 約束は約束なので、「かっこわるい話」をなんとかひねり出すと結局成田絡みの話になった。ゲームを片付けていた成田は、こちらを振り返ってわずかに目を見張った。こいつの表情が動くと気分がいい。おれは片眉を上げ、「せっかくタキシードまでご用意いただいたのに申し訳なかった」と笑い混じりに言った。
 詳細は割愛するが、半年ほど前に成田が誘拐されたとき、おれは本気で決別を覚悟した。認めがたいことだが、成田の命に危害が及ぶぐらいなら望まない結婚のひとつやふたつ我慢できると思ったのだ。もちろんずっとそのままでいるつもりはなく、時間を置いて策を練るつもりではあった。おれが物事を諦めたのは、子どもの件だけだ。あれは身体的な問題でどうしようもない(その上おれは子どもが嫌いだ)ので諦めるしかなかったが、そのほかのことは、なにひとつとして諦めたくなかった。特に成田に関しては、自分の執着を認めざるを得ない。たった二週間ほど離れていただけなのに、会社で見かけるだけで抱きたくて抱きたくて気が狂いそうだった。まあもう狂っているのだと思うことにする。その方が気が楽だ。
 結果的に、おれの諦めをとんでもない方法で打破してきたのは成田だった。成田は「関係を秘密にしていることで脅されるなら、いっそ世界中にオープンにしてやろう」と言った。つまり、向こうが成田を脅しの材料にするなら、こちらはこの関係自体を脅しの材料にしてやろう、と考えたわけである。旧財閥のお家柄の、それも跡取りの筆頭とされたおれが、男とパートナーであることを世界に宣言する、と言われれば、そりゃあ焦るに決まっていた。
「あれはお前がかっこわるいわけじゃないだろ。かっこわるくてみっともないのはお前の祖父だ」
 はっきりとした物言いは嫌いじゃない。おれは鼻から息を出してからソファにもたれた。
「言うじゃねえか。まあ、そのとおりだけどな」
 反社まで使って脅してきたくせに、おれたちが本気で記者会見をしようとしていることがわかると、祖父はすんなりと折れてきた。二度とこちらに手出ししてこないことを条件に、おれたちは記者会見をやめたのだった。
「ほっとしてるんだろ?お前がかっこ悪いとしたらそこじゃないか」
 いまだにこいつはおれを信用していないらしい。おれは手を伸ばして、成田の襟首を後ろからつかんで引き寄せた。強引にソファの隣に座らされた成田は、あの黒々とした鋭い目でじっとおれを見定めた。ああ、いつ見てもぞくぞくする。おれはこいつの目が一等気に入っていた。
「お言葉を返すようだが、悠生、お前が望むならおれはいつでもオープンにしてかまわないんだぜ。なんなら選挙カーでも使って街宣してやったっていい。握手も添えてやろう。だが現状、メリットがねえな」
 日本は封建的な社会なので、未だ同性愛に対する世間の理解は乏しい。おれ自身ですらそうだ。同性愛者なのかといわれるとおそらくNOであるし、成田以外の男を抱けるかといわれると正直勘弁してくれ、と思う。
「良かったのか。お前、相続の対象からも外されるんだろう」
 祖父からは絶縁を言い渡されていた。まあ困ることは特にないし心情は理解できる。かわいさ余って憎さ百倍、というやつだろう。父も長兄も今頃胸をなで下ろしているに違いない。ただ、おれという希望を失うことで、グループ企業としては先行きに暗雲しかなくなったわけだが。
「おれが身内の情なんぞに振り回されるほどセンチメンタルな人間に見えるか?」
 肩をすくめると、成田は目を細めて優しい顔をした。……おれはこの顔に弱い。
「いや。お前にはおれがいれば十分だろ」
 おいおい誰か聞いたか今の台詞?驚きを通り越してあきれる。普段おれのことを「俺様」だの「スーパー傲慢男」だの「天上天下唯我独尊男」だの好き放題に罵るこいつこそ、とんでもなく傲慢で偉そうな俺様野郎じゃないか?このおれの愛情を信じて全く疑わずあぐらすらかいていやがる。とんでもねえ野郎だ、と腹が立つのに得意気な笑顔が控えめにいってクッソかわいいのでキスをしたくなってしまった……。
 おれが顔を近づけると、成田がそっと目を閉じた。こいつはキスのとき目を閉じるときと閉じない時があって、普段おれからキスを迫ると大体恥ずかしそうに目を閉じる。セックスの最中だけは目を開けたまま、あの目を欲情で濡らしておれをにらみつけるのだ。
 唇が触れる直前の出来事だった。突然部屋の中が赤く点滅し、「ブーッ」と音が鳴った。クイズ番組で不正解だったときにならされるあの効果音だ。成田は驚いておれから距離を置き、おれは舌打ちをして天井を見上げた。

『キスはセックスに入りますのでアウトです』

合成された音声がそう告げたとき、この部屋に来て初めて猛烈な怒りを覚えた。
 冗談じゃない。一刻も早くこんな部屋出てやる。

****

――6日目――

 風呂上がりに上半身裸のままうろうろするのを今すぐにやめろ、冷凍庫入っているアイスキャンデーをおれの前で舐めるな、筋トレをするのは結構だが悩ましい声を出したり息を荒げたりするのは絶対にダメだ、我慢しろ。
 おれのこういった指示はなんとかこの「セックスできない部屋」から最短で出るために重要なものだというのに、成田のバカときたら、首をかしげて不思議そうな顔をするばかりで一向に改善しない。あいつは正真正銘のバカだ。
 認めよう。セックスどころかキスもできない状況で成田と閉じ込められるなんて、正直言って拷問だった。そもそもあいつはエロいのだ。無駄にエロい。これまで山ほど女を抱いてきたおれには一定のセックスアピールに対する耐性が身についているはずなのだが、成田のそれだけはおれの防御力を全く無視して突き刺さってくる。
 彫刻のように美しい肉体も、おれの前でだけおだやかな猫のように細められる鋭い目も、物静かな気配ですらおれの性欲を刺激した。できることならこいつの全身をすっぽりと黒い布で覆って、サングラスをさせてどこかの部屋に閉じ込めたいと思うほどだ。
 閉じ込められて6日目にもなると、いよいよ成田が何かを舐める赤い舌が見えただけでムラムラするようになった。あのバカで無防備な男をフローリングに引きずり倒して、ケツが真っ赤になるほどベルトで叩いてから気を失うまで犯したい。もちろん全部中出しで。それから仰向けにして手首と足首を左右それぞれ縛り付けてベッドに固定し、足を閉じられないようにしてからアナルにバイブを突っ込んで丸一日放置する。――その成田の痴態を想像しただけで、ありえないほど股間が熱くなった。おれはもういろいろとダメだ。人間として終わった……でも絶対に実行してやる。ここから出た暁にはな。あと一日の辛抱だ、なんとかこらえろ、影浦仁。
「仁、風呂わいてるぞ」
「ああ」 
風呂から出てきた成田は、Tシャツとスウェット姿でソファに座った。髪を乱暴に拭いながらテレビの電源をつける。ここのところ、こいつはよくため息をつきながらテレビを見ているが、珍しいことだった。成田はおれと同様、さほどテレビ番組に興味がない。そう思っていた。
立ち上がって浴室に向かう。脱衣所で服を脱ぎ、本を持ち込んでゆっくりと湯船につかった。おれの局部はさきほどの不埒な妄想のせいで少し兆していたが、目をそらして本の内容に集中した。じつはこの部屋、自慰行為すら禁止されていて、どこから見ているのかペニスに手を添えただけで部屋が赤く点滅して例の「ブーッ」と警告音声が鳴り響く。破裂しそうだった。この、おれがだぞ。影浦仁様が。抱きたいときに抱きたいやつを抱けないどころか自慰まで禁止されて微熱が出る日が来るなんて誰が想像できた?……悪夢だ。
「Verweile doch, du bist so schön!」
 ゲーテの「ファウスト」の中に出てくるこの言葉が好きだったが、まさに今、こんな気持ちだった。森鴎外の訳では「まあ待て、お前は美しいから」となっていた部分だ。おれの解釈では「時よとまれ、お前は美しい」のほうが腑に落ちる。参ったことに、セックスできず苦しんでいるこの状況でも、誰にも邪魔されず成田と過ごせるこの時間はおれにとって至高といってもいい時間だった。ひどく苦しく、飢えているというのに。
 成田が退屈そうにソファに横になって目を細めている様……かわいい。朝は苦手で少し機嫌が悪いのだが、おれがコーヒーをいれてやると歯を見せて笑って喜ぶ様……かわいい。ゲームでおれに負けて悔しそうに何度も勝負を挑んでくる様……かわいい。だめだ。かわいいという言葉しか思いつかない。おれと身長が1センチしか変わらない、握力70超えの男だというのに。
「あと1日か。妙だな。早く出たいのか出たくないのかわからなくなってきた」
 ここを出れば自由がある。だが同時に、自由がない。たまった仕事と秘書の詰問が待っていて、ここまでゆっくりと成田と過ごす時間をとれる日は当分ないだろう。
長い時間一緒にいると、成田が意外にも表情豊かな人間なのだとわかる。もとより俺にしかわからないわずかな表情の変化というものがあったのだが、ふたりだけでここにいて、セックスもできない状況だと必然的に会話をすることになり、知らなかったこともたくさん知った。成田はコーヒーよりも紅茶が好きなこと。甘いものは苦手だが紅茶と一緒に食べるジンジャークッキーは好きなこと。猫を飼うなら長毛種がいいと思っていること。おれが本を読んでいると髪を撫でてきてそれが存外気持ちがいいこと。気が向いて膝枕してやると、うれしそうにおれの髪をずっと撫でてくること。こいつは甘やかすのが好きらしい。おれは猫じゃないのだが猫にするように顎を撫でられたりする。だが、まあ……悪くない……。欲求不満はたまるのだが不思議と心は満たされていく。
 すべて他人にとってみればどうでもいいの極み情報だが、おれにとってはどうでもよくなかった。それらは会社の財務状況と同じぐらい重要で興味深い内容だった。

――7日目――

 はあ、とため息が聞こえてきていい加減イライラしてくる。なんなんだあいつは。このおれと一週間も同じ空間にいるという僥倖を味わいながら、始終ため息をつきやがって。
 成田はカウチソファで足を伸ばして本を読んでいたが、1時間おきに「はあ」と重いため息をついた。風邪でもひいているのか、と心配になるほどけだるそうな顔で。
「おい。体調でも悪いのか」
 とりあえず今日を乗り切れば(約束を相手方が守るとすればだが)、この部屋ともおさらばだ。こうしてふたりでここにいるのも今日が最後になるわけで、そう考えるともっと名残惜しそうにすべきではないのか?その態度はどういうわけだ。
「悠生」
 こたえない成田の名前を呼んで隣にすわる。L字型のソファに腰掛けて仰向けになっている成田をのぞき込むと、成田は苦しそうな顔で目をそらした。
「……だ」
 小さい声だったのでうまく聞き取れなかった。眉を寄せて顔を近づけ、なんだって?と問いかけると、寝転んでいた成田が突然勢いよく体を起こした。
「あと何分だ」
合点がいって、腕時計を見た。7日目が終わるまであと1分。
「あと一分だな」
 今日はお互いに筋トレをしたり本を読んだり、別々の行動をとっていることが多かったが、終了一時間前になると自然とリビングに集まってきたのだ。早く解放されたいような、でもまだここにいたいような、奇妙な気持ちで成田を見返す。
成田はおれの時計をじっと見つめていた。焦れるような、ひどく真剣なまなざしだった。
「そんなにここから出たいのか?」
「いや、そうじゃない」
 あと30秒。10秒。5、4、3、2……
「もう我慢できない」
 時計の針が夜中の0時を指したとき、玄関の方からガチャリと鍵のあく音がした。解放されたのだ、と喜びかけたのもつかの間、成田がおれの肩をつかんでソファに押し倒してきた。
「ん、んむ?!おい、悠生、ちょっ」
 巧みなキスはおれが教えた。体を使うのが上手いのは天性のものだろう。成田はおれがするように、唇を甘く舐め、吸い、油断させてから舌を差し入れてきた。熱くて長い舌にふれると、自分がどれほどこうしたかったのかはっきりと思い出した。
「っは………落ち着け、おわっ」
 唇が離れたと思ったら、成田は強引におれの服を脱がせてきた。ベルトをイライラしながら外され、硬く兆したものを取り出して手のひらでゆるゆるとこすってくる。
「仁、抱いてくれ」
 いますぐに。
 そう言って着ていたシャツを脱ぎ捨てた成田は、舌を出して高い場所から唾液を垂らし、おれのペニスをしとどに濡らした。それから、泡立つほど激しく上下にこすり上げ、淫靡な笑みを浮かべた。
「気を失うまでやりまくりたい」
 あまりにもいやらしい顔で笑うので、息が止まるかと思った。だが今死ぬわけにはいかない。
「ならさっさと突っ込ませろよ、淫乱」
 自分の指を成田の口の中に突っ込み、舌をさわり、はをなぞって十分に濡らした。それを成田のうしろに這わせ、ゆっくりと中を濡らして広げていく。
 おれにまたがるようにしていた成田にキスをするために、上半身を起こして舌を出した。成田はよろこんでその舌を舐め、口を開けて招き入れる。精悍な顔立ちはいまや欲情でとろとろに溶けていた。
「そこ、もっと」
「おれので好きなだけ撫でてやるから待ってろ」
 成田の中のいいところはおれが一番知っているが、指で味わうのはもったいなすぎる。何しろ一週間も我慢したのだ。白目を剝くまで犯してやらないと気がすまない。
「腰をおろせ」
 成田がゆっくりとおれのものに沈み込んでくる。狭くて熱い、成田の中が、ぎゅうぎゅうとペニスに吸い付いて締め上げてくるのを、あえてゆっくりと楽しんだ。
「全部入った……仁、動いて」
 眉を寄せ、上気した頬で成田が呻く。衝動的に腰を振りたくなったが、理性を総動員して我慢して慣れるのを待った。
「頼む、もう、お願いだ」
 中がすっかりおれのものになじんだ頃、腰を持ち上げて一気に引き抜く。それから床に引き倒し、うつ伏せにして、腰だけを持ち上げさせた。
 勢いよく尻を手のひらで打つと、成田の背中がぶるりと震えた。まっすぐで、筋肉の筋がみえる美しい背中は、おれに尻を打たれるたびに跳ねて少しずつ赤くなり汗をにじませた。
「ほしいか?ならねだってみろよ」
「仁、……ほしい」
「なにを?」
 こちらを振り返り、にらみつけてきた成田の目は、美しかったがまったく迫力はなかった。
「仁のものがほしい」
「このグズグズになった淫乱の尻穴にか?」
 わざと性器ではなく指をつっこんで中を押すと、成田のすすり泣くような声がきこえて、頭の中が焼き切れそうになった。嫌がって腰を揺らすのを無視して、しつこく前立腺を責める。おさえた声が次第に切れ切れになり、成田の硬くなったものから、とろとろと我慢汁が垂れ落ちた。
「早く言え」
 もう一度強く尻を打つ。成田は背を震わせてから、小さく叫んだ。
「グズグズになった淫乱の尻に、仁のペニスをいれてほしい」
「合格だ」
 こいつをここまで堕としてやったのはおれだ。そう思うだけでイキそうだった。あの高潔で頑固な男を、たとえ禁欲が一週間あったとしても、ここまで淫らに仕込んだのはほかならぬおれなのだ。
 お前はおれのものだ、とつぶやき、成田の中に自分を埋め込む。両腕をつかんで強く引き寄せながら犯すと、尻がぶつかる乾いたパンパンという音と一緒に、成田の嬌声が漏れてくる。低くて甘い声がおれの名前を呼ぶ。気持ちいい、もっと、とねだる。
中をおしつぶすように激しく動く。どこがいいんだ?右か?左か?手前と奥、どっちだ?強くしてほしいのか、激しくしてほしいのか、それともこうして、腹のほうをぐりぐりと押してほしいのかどっちだ?
 質問をしながら体位を変え、思うさま成田を犯した。もはや声もなく達している成田を裏返し、足を大きく開いて正面からも犯した。ヨダレを垂らし、顔を赤くして、生理的な涙を浮かべている成田悠生は、とてつもなくいやらしくて美しい。
 汗だくになりながらひたすら続けた。夜はふけ、窓の外が白んできても、前から後ろから横から、何時間もずっと抱き合った。激しいのに、心はどこか安らかだった。やっぱりそうだ、と思う。やっぱりおれは――
「お前とするのは最高だ」
 おれが言うと、成田は「あ」と小さく声をもらしてから痙攣した。中がつよくしまり、達したことがわかって、おれも中に出した。何度目か思い出せないが、長く、たっぷりと注ぎ込む。足が腰に絡んできて、より深くつながった。
「おれも、仁とするの、すきだ」
 息も絶え絶えになりながら、成田がそういった。そしてほんの一瞬、心臓がとまりそうなぐらい無垢な笑みをうかべてから、気を失うように眠ってしまった。
 話をするのも、ともに時間を過ごすのもいい。だが成田とのセックスは欠かせない。どんな会話よりも心が満たされる。
「こんなクソ部屋に二度と閉じ込められないようにしねえとな」
 幸福そうな寝顔にキスをしてから、おれも目を閉じる。少しぐらい疲れを癒やしてから部屋を出ても、バチは当たらないだろう。なにしろもう、『セックスできない部屋』の鍵は開いているのだから。