3 もっと愛し合いましょ(成一×一保)

ちょっとだけですが女体化……みたいな表現がありますが、ちょっとだけです。
苦手な方は読まないでください。

‪ 救助が終わって船に上がり、ウェットを脱いでいたら周囲から悲鳴が上がった。みんなの視線が、なぜか、おれの…胸のあたりに集中して…
「村山せんぱ…ウワァァァ!!」‬
「一保、お前…」

「なんじゃこりゃあ?!」
 有名な名言を叫んだ声にも腰を抜かしそうになった。誰が聞いても女の声だったのだ。
 いつもの筋肉質な胸、ではなく、丸くて白くてやわらかそうな、おわんのようなおっぱいがそこにはあった。 おれの胸に。おれの自慢の胸筋があるべきところに。
「お、お、おれ、女になってるーーー!!」




 それから。
「もしかするとお湯かけたら元に戻るんじゃないすか?!」という里崎の思いつきが的中して、おれはいま男の 体に戻っている。らんまかよ。何の沼にも落ちた覚えねぇぞ。
それにしてもさっきは危なかった。貞操の危機を感じた。確かに面白がって自分の胸を揉みしだいていたおれも悪かったんだけど、目の色を変えた里崎が
「む、村山先輩、胸触っていいすか?」とか言ってきたときはぞっとした。犯されるかと思った。
 おれが断る前に千葉が里崎の腹にグーパンを決めてくれて助かったのだが。
「とにかく服を着ろ」
 そう言いながら千葉の視線もおれの胸に釘付けである。これはもう、男なら仕方ないのかもしれない。合田隊長がいなくてたすかった。嫌悪感をあらわにされるところだった。
 それにしても、これからどうすればいいんだろう?普通のサラリーマンは冷たい水をかぶるなんてことないからいいけど、おれは毎日のように冷たい水に入らなければならないのだ。仕事中ずっと女で過ごさねばならないのか。言われてみれば潜ってから、ウエットの胸がやけに窮屈だったし腰回りがゆるゆるだった。
 成一にはなんと言えばいいだろう。日常生活でバレることはないだろうから、黙っていようか。もし知られたらどんな反応をするだろう、万が一……女の方がいい、みたいな反応をされたら、おれはもう一生立ち直れない。




 悩んでいるのは性に合わないので、家に着いたら速攻で成一に話した。はじめは「酔ってるの?」と疑いの眼差しで見られたが、風呂に入って水を浴びて見せたら、慌てた様子で目をそらして「信じた!」と叫んだ。(それからわたわたと浴室を出てバスタオルを取りに行き、おれに手わたそうとして胸に手が当たってしまい、パニックに陥っていた)
「お湯をかぶると元に戻んだよな、ホラ」
「らんま1/2じゃないんだから。……うわ、ほんとだ。あなたって不思議の宝庫だね……タイムリープするわ、らんまになるわ、あーびっくりした」
「なんだよ。けっこうおれいいおっぱいしてただろ?みんなすげー見てきたぞ」
「あっ!?そっか仕事、海に入るもんね?ダメダメダメッ、治るまで絶対着替え場所分けないとダメ!!」
「まあなー。なんか目の色変わってて怖かったもん。女の人って大変だな。普段あんな感じで見られてんだって怖くなったわ。胸おっきい子が男が胸みて話してくるって嫌がってたけど、気持ちわかった」
 風呂から出てバスタオルで体を拭いていると、成一が困惑のにじんだ声で言った。
「でもこのままじゃダメだよね。なんとかしないと……仕事だって、女の人の体力じゃきついでしょう、特救隊なんて男性でも極限なのに」
「そうだなァ……」
 寝巻きに着替えてから、ふたりで元に戻る方法を調べた。主にインターネットである。起こっている事案がファンタジーなのだから、現実的な答えを得るのは無理だと踏んだのだ。
 寝仕度を整え、ベッドで横になりながら検索していて真っ先に出てくるのは、『女の姿のままセックス』して『処女を喪失』したら元に戻るというやつで、いやいや、どんなエロ同人誌だよ、と突っ込みたくなってしまう。成一もその発想というかアイディアには頬を赤くしていた。なんだよクソ可愛いな、今まで女何人も抱いてきたくせに童貞みたいな可愛い顔してっと襲うぞマジで、と思ったけど成一はどう頑張ったっておれに抱かれてはくれない。ワンチャンのワの字もない。悲しい。
「仮に女のままセックスして元に戻れるとしても、おれ成一とだけは絶対ヤダ。やりたくない」
 断言すると、傷ついたような顔で成一がこちらをじっと見つめてきた。違う、そうじゃないってば。
「だってお前がほかの女抱いてるところなんかみたらおれ……泣いちゃうかも」
「あああもおおおおお!!かわいいこと言わないでーーーー!我慢してるのにーー!だって一保さんなんだから男でも女でもなんでも抱きたいんだからおれはーーー」
 両手で顔をおさえてベッドの上を転がりまわっている成一には悪いけど、実際、女のおれなんておれじゃない。どっかよその女といって差し支えない。絶対触ってほしくないし、成一の手が胸をもんでいるところなんか見たら、もうそれ浮気だ。浮気だぞお前!!と叫んで殴ってしまうかもしれない、たとえおれが相手でも。(だんだん頭が混乱してきた)
 たぶん、おれは自分の体が女じゃないことを申し訳なく思っているのだと思う。いわば、「女を抱く成一」はなによりも地雷なのだ。(男を抱く成一、も当然許しがたいことは言うまでもないけど)
「ええーどうしよっかな。成一に抱かれるのは絶対なしとして、だれかに頼んでパコッと一発やってくるか」
 顎に手をあててうーん、と考え込んでいると、成一が後ろからものすごく低い、地底から吹いてきた風みたいな邪悪な声を出した。
「……何言ってるの?」
「いやだって女のおれとかおれじゃねえし。となれば、誰にヤられようが一緒だろ?うーん知り合いは色々ややこしいから、出会い系みたいなやつで……」
 いい終わる前に、体は宙に浮いていた。成一が肩の上に担ぎ上げたのだ。さっき来たばかりの風呂に取って返したかと思うと、スポスポと服を脱がせ、シャワーで冷水をかけてきた。
「うわっつめてえ!何すんだよっ」
「一保さんさあ…、わざとおれを怒らせるのやめてよね。怒るのやなんだよ、疲れるし…」
 Tシャツに下着姿の成一が、シャワーで濡れた髪をかき上げて不機嫌そうな顔を寄せてくる。顔を背けると、顎を掴まれて強引にキスされた。いやだ、と拒もうとしても力が出ないのは、女になってしまっているからだろうか。成一のてのひらが、いつもよりも大きくて強いものに感じられてぞくぞくした。
 空いた左手が腹の上をくすぐってから胸に触れ、下からすくいあげるようにやさしく揉まれた。
「けっこう、おっきいね。胸触られたらきもちいい?」
「ん、きもちよくなんか、ねえよっ、さわんな、もう」
 舌を差し入れられて滅茶苦茶にされたせいで、すっかり抵抗する勢いをなくしたおれは、浴室の壁にもたれたままされるがままだった。熱い息がこぼれ、成一の舌が糸を引いて離れるのを見たとき、女がどうとか言っていた自分なんか全部どうでもよくなっていた。下腹部を撫でまわした成一の右手が、おれの局部に触れる。そこはすっかり熱く、硬くなって……ん?
「待て。まてまてまて!」
「もう今更やめられないから、おとなしくしてて……ほら、キスして」
「んう……」
 唇が重なっては離れるたびに濡れた音がする。シャワーの水音はまだ鳴り響いていて、それは確かにお湯ではなくて水なのに、おれの体は元に戻っていた。成一の首に腕をまわして夢中で唇をむさぼりながら、成一の手がいつもどおりの平になった胸をさぐり、背筋をくすぐり、尻を少し乱暴に掴んでくるのを興奮しながら受け入れた。
「元に戻ってる、から!もうやんなくていいから!」
「ご冗談を~。飛び出すな、車と男は止まれない、だよ、一保さん」
「上手いこと言うな!やめ、あっ……やめろってばあ…」
「キスがスイッチだったのかな?とりあえず、一保さんがバカなことする前に元に戻ってよかったあ。二度と変なこと言わないでね。ほかの人に抱かれたりしたら、おれ……」
 その人のこと殺しちゃうかもよ。
 成一は甘い柔らかい声でそう囁いてから、3日間おれの腰がへなへなになるほど抱きつぶした。





※※※

(一保さん、女の人だったらあんな感じなのかあ……けっこう、おっきかったな。これぐらい?)
 あのときの胸の大きさを思い出しながら手を結んだり開いたりしていると、後ろから蹴られた。じっとりとした目で睨まれてひやりとする。そうだ、この人めちゃくちゃ勘がいいのだった。
「コーヒーいれてもってこようか?」
「……いらない」
 ミノムシのようにシーツにくるまっている彼のガサガサになった声に、申し訳ない気持ちが湧いたのは一瞬だった。この人のとんでもない発想には毎回冷や冷やさせられるからこれぐらいは許してほしい。「ほかの人に抱かれる」なんて、言葉を聞いただけで全身に鳥肌が立つほど腹が立った。自分を大切にするとかどうとかそんなきれいごとじゃなくて、『彼におれ以外の誰かが触れる』ということが、絶対に許せないことだった。
 もっと淡泊な人間だったのに。誰かに執着したり、際限なく欲望をぶつけたり、そんなこととは一生縁がないと思っていた。自分がこんなにも強欲で、我儘で、彼に関しては我慢のきかない人間だなんて、怖くなってくる。万が一、一保さんが誰かほかの人のことを好きになったら?誰か別の人と寝てしまったら?ダメだ。想像しただけで、胸の奥が粉々に砕けてしまいそうなぐらいつらくて、ドロドロした怒りがわいてくる。
「せいいち」
「ん?」
 起き上がってきた彼は全身につけられた痕を惜しげもなくさらしながらおれに抱き着いてきた。ベッドの端に腰かけていたおれは、彼をだきとめて耳にキスする。身体が熱い。ちょっと無茶しすぎたかもしれない。
「女のおれと、男のおれ、どっちがよかった?」
 見上げてきた眼が不安気にうるんでいて、頭を抱えたくなった。バカな質問だと分かっていても聴きたいのだ。可愛い。こんなにかわいくて純粋な存在に育ててくれた、一保さんのお母さんに感謝したい。あなたの子ども、村山一保は世界一です、と叫びたい。
「あんなに抱いたのにわかんなかった?」
「……ききたい」
「食いしん坊で、天真爛漫で、男性で、かっこよくて、一緒にいて楽しいあなたが好きだよ」
「おれも、成一が好きだ。本当に好き。だから、女抱いてるとこなんか見たくなかった。ごめん」
 恥ずかしいのか、おれの肩口に頭を埋めたまま、彼が言った。嬉しくて言葉を失っていると、突然頭を掴まれてキスされた。情熱的で、噛みつくようなキスだった。
 顔を離したとき、彼の鎖骨に自分がつけた痕をみつけて、指でそっとなぞった。嬉しそうに喉をならした様子は猫そっくりだった。
 まるでのどがかわくみたいに、こんこんと性欲が湧き上がってくるのに気づいて、おれはごくりと唾を飲み込んだ。
「なあ、今日は休みだし。……もっと愛し合おうぜ」
 一保さんは、あの魅力的な眼をほそめて、ニヤリと笑った。


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