「そうだよ。言い忘れてたから伝えに来たんだ。村山一保の肉体が存在している間までに事故の原因が分からなければ、君らは二度と彼に会えない」
死刑宣告された。
いや、死んでるけど。元から死んでるんだけど。もしかしたらどうにかなるんじゃねえかな、とか、長い夢だな~とか思っていたのだが、横っ面を思いきり殴られたみたいに衝撃を受けた。目が覚めるどころの話ではない。
成一と千葉が驚いた顔のまま固まっている。
おれが死んで、まだ1日もたっていないのに、成一の横顔がひどくやつれて見えて辛い。あのいつも飄々としている千葉が感情的になって、綿谷いつかの肩を揺さぶっているところを見ているのも苦しい。
合田隊長だけが、強い眼のままおれをじっと睨んでいた。――いや、正確には、おれの「肉体」じゃなくて「意識」のほうを。
いつも手入れの行き届いた成一の指が、渇いて、さかむけができて出血していた。噛んだりむしったりしたのだろうか。手を握りたいと思った、やめろよって声をかけたいと思った。でも触りたくても、おれの手はすり抜けるばかりで何にも触れることができない。
なんで今、死ななきゃいけなかったんだろう。
どうせ死ぬなら成一と両想いになる前に死にたかった。そうしたら、こんなに悲しくて苦しい思いをせずに済んだしさせずに済んだのに。
自分のベッドの上で膝をかかえる。
触りたい。もう一度だけでいいから、成一を抱きしめたい。これが最後でいいから。
目頭が熱くて、喉の奥が焼けそうだ。泣く、と思った瞬間、合田隊長が軽く首を振った。そしてくちびるだけで、声を出さずにこう言った。
『なくな。かんがえろ、おもいだせ』
泣くな、考えろ、思い出せ。
『おれが見えるんですか!?』
叫んだ、と言っていいのかわからないけど、大声で言って合田隊長の前に身を乗り出す。彼は顔をしかめ、目を閉じた。黙れ、ということだろうか?
そうか、成一にも千葉にも、おれは見えない。合田隊長が(声には出していないとはいえ)ひとりで何か話していたらおかしい。
「ご丁寧にタイムリミットまであんのかよ。余計にここにいる場合じゃない」
そういって、千葉が成一に「行くぞ」と声を掛けた。
「警察にはおれが行く。一保の家族には…お前のほうが話を聞きやすいだろ」
うつむいたまま千葉がそう言って、成一が黙って頷く。あのふたり、まさか協力してるのか?う、うそだろ?元彼と今彼、奇跡の競演!?冗談じゃない、今すぐやめてほしい。
「分かった。千葉さん、おれの連絡先ここに書いてあるから、渡しておきます」
「よし。1時間ごとに相互連絡。まずはおれから連絡する。あとは順次交代だ、いいな」
「了解。あとは協力が必要なときは随時ってことでいいですよね」
「ああ。時間がない。両方話が終わったら会って報告し合う。星野、明日仕事は?」
「元から非番だった。そうじゃなくても休みます」
「おれも一保と同じシフトだからな。非番だ」
彼らは一緒に立ち上がって、いつかの隣を通り抜けて部屋を出て行く。いつかは一瞬、合田隊長を見て、それから彼らの後に続いた。
霊安室の中には、おれと合田隊長だけが取り残された。
「村山、おれの声が聞こえるか」
さっきとは違って、小さくはあったが声に出して合田隊長が言った。
『はい、おれ、どうなったんですか?なんでこうなったのか全然思い出せないんです、だれかと会ってたことは確かなんですけど、どうしてなのか、もうさっぱりで』
「ゆっくり話してもらっていいか。唇を読んでいるから」
そうか。おれは声がない。肉体がないから当然だ。
『すみません』
「構わない。さっきお前が独り言でいっていた、女物の傘、それに空に舞っていたのは、たぶんお前が持っていた札束のひとつだ。現場は雨が降っていた。お前は、だれかの後を追いかけていたらしい。何か、なんでもいい。覚えていないのか」
――はじめまして、になるわね。
頭をよぎったのは、きいたことのない声だ。品と自信に満ちた女の声。けれど、それが誰だったのか、なぜ会っていたのか、思い出せない。思い出せない――
(なぜだ。思い出そうとすると、ものすごく嫌な気持ちになる。思い出さないほうがいいって、自分で封じ込めてるみたいに)
間違いなく初対面の人間だった。それは確かだ。
なのに何故、こんなにおびえているんだろう。
――この紙が証拠になるでしょう?
『手紙……』
おれのせいだ。あのとき、あんなメモを残さなければ良かった。名前なんか書かなければよかった。
「村山?どうした、何か思い出したのか」
首を振った。思い違いだ。そもそも、今の状況だって何が本当なのか分からない。
抱えた膝の上に頭を埋めながら、おれは認めた。
『覚えてない…何も』
自分が死んだ状況を、思い出せないんじゃない。
思い出したく、ないんだ。