4 My man.

影浦が突然「会うたびにセックスしかしないなんて、どうかと思うぞ」といいだし、おれは大いに戸惑った。
 答えに困って黙っていると、「お前は本当に、おれのことを…」と何か言いかけたまま黙り、なにも言わずにいると、「出て行け」と出口を指さされた。
 セックスから始まったのに、そればかりであることを責められても困る。あれほどわかりやすくて気持よくて、言葉よりも伝わるものはない。テレパシーみたいなものじゃないか、とおれは思う。気持ちがないセックスなんて砂を噛むみたいなものだ。なにも楽しくない。(出せば気持ちいいがそれとは別だ)
「でも、お前だって気持ちいいだろ?」
 言ってから、しまった、と後悔した。 みるみるうちに影浦の顔は憤りに歪んだのだ。
「この淫乱。おれはお前のオナニー道具じゃねえんだよ。仕事以外の偏差値は5か?ポンコツ野郎が。家で頭冷やして考えてみやがれ」
 反論する前に家から蹴り出され、鍵を閉められた。合鍵を持っているので開くことはできたが、影浦の怒りについてきちんと考える必要があったので、入らずにそのまま家に帰った。

 過去の自分がどんな交際をしていたか考えると、頭を抱えたくなる。
 奈乃香と付き合う前、まだ自分がゲイだと認めたくなかったころは、野球のことばかり考えて生きていた。すべての中心が野球と周平だったので、誰かとの交際に脳のリソースを割く余裕がなかったし、家族仲が悪化してからは文字通りいかにして今をやり過ごすか、この最悪の状況を生き抜くか、に必死だった。
 大学からは実家を出て生活をしていたので、ある種のストレスから解放されたこともあって出会いを求めたこともあった。紹介してもらったり、告白されて付き合ったりもした。女性に心を惹かれないのは単に周平よりも好きな異性に出会えていないだけかもしれない、と考えていたし、そう考えることで自分の性指向から目を背けたかったのだ。

 考えているうちに眠りそうになったとき、電話がかかってきた。
「――はい、成田です」
 相手は地元にいたころの友人の二ツ町で、あのころと変わらないのんきな声で「今東京に出てきてんだけど、ヒマ?」と笑った。
「休日なのに仕事か?お疲れさまだな」
『いや、遊びだよ。実はさ、ビルの屋上でBBQできるとこがあんだけど、そこで山仲間と飲む予定があんだわ。お前も混じりに来いよ。なんかアウトドアにビール食い込ませたいとか言ってたしちょうどいいだろ?』
 最近のキャンプ人気に便乗して、なんとか自社のビールを売れないものか、と考えて二ツ町に相談したことがあったのだが、まさかこんなに早く芽が出るとは思わなかった。おれは慌ててベッドから起き上がり、部屋着を脱いでデニムを履き始めた。
「ありがたい、行く。場所は?何か手土産があったほうがいいよな」
 二ツ町は『女の子が半数だから、何かデザートになるものあるといいな』といってから場所をLINEで送ってくれた。壁掛け時計を確認すると、時間は夕方の5時で、開始は6時とある。
 今日は影浦とセックスをしなかったし、出かける前に風呂に入ったので着替えだけ済ませれば家を出ることができる。集合場所が代官山だったので、歯を磨きながらネットで調べて、石窯チーズケーキとシフォンケーキ(小分け済)を持っていくことにした。

 同じ東京といえども、家から遠い上に代官山はおれにとって敷居の高い場所だ。どう考えても似合わない。オシャレが押し寄せてきてめまいがする。影浦なら、代官山だろうが白金だろうが自由が丘だろうが、まるで「おれの街」とばかりに堂々と歩くのだろうが(小学生から学校はこちらだときいているし)、できることならあのあたりにはなるべく近寄りたくない。新宿・池袋・新橋あたりは仕事柄もあってホームグラウンドだと思っているのだが。(練馬や赤羽あたりも好きだ)
 クローゼットを開くと、どれもこれも影浦が「着ろ」と押し付けてきた服ばかりでうんざりした。おれが買った服が一枚もない。気が付けば全身が影浦の趣味に染められている。
 ファッションに強いこだわりを持つ影浦は、おれの私服についても容赦なく干渉した。あいつの口癖は「人は外見で判断される」だ。営業職だから言っている意味は分かるのだが、ふつうの人間はあそこまでのこだわりを実践する金銭的余裕がない。
スーツのときのように採寸されることはなかったが、「これを着ろ」「家の服はほぼゴミだから捨てろ」など横暴極まりなかった。だが影浦がすすめる服を着ると、確かに自分が自分ではない、もっとスタイルが良くて、洗練された人間になれる気がした。少なくとも見た目だけはそうだった。なので、常識的な値段の範囲であれば、影浦に渡された服も着るようにしていた。つまり影浦のように、エルメスのオーダーシャツを私服で着たりはしない。
 グレーのTシャツにデニム、それに白のコンバースをはいて、リネンのジャケットを羽織って家を出た。暑いしジャケットを着たくはないが、どの程度の店なのか分からないし、仕事の話が出るなら少しでもその気持ちをもっておきたい。
 

 ハイセンスな人々やオシャレな建物に精神を疲労させながら、なんとか会場に到着した。定刻の10分前に到着するのは仕事の習慣だ。ただしこれは国内に限ったことで、たとえばアメリカ人と会うとき時間よりも早く行くと迷惑がられてしまう。相手の時間を無駄に奪うことになるらしい。影浦に教えられるまで知らなかった。
 建物の入り口で二ツ町の名前を告げると、屋上のフロアへ行くよう案内された。階段を上ると、そこには同じ年代ぐらいの男女、4人が楽しそうに談笑していた。
7月なので、まだ外は明るい。おれは営業の気持ちを思い出してすこしだけ口角を上げて彼らに挨拶をした。
「仲間内の飲み会に突然お邪魔してすみません。はじめまして、成田悠生と申します。じつは弊社のクラフトビールの感想をお聞きしたくて……BBQとの飲み合わせも含めて、率直なご感想をいただけたらと」
 店側には持ち込みについて許可を取ってある。持参したスイーツと弊社自慢のエール瓶を彼らに配ったところで、二ツ町が立ち上がって「かってえな~~!なんて硬い挨拶だよ!あ、この成田ってやつおれの野球仲間だったんだ。投手を絵にかいたような性格してるけど悪いやつじゃないから、みんなよろしく」と紹介してくれたので、馴染むのにそう時間はかからなかった。
 建物の屋上とは思えないぐらいグリーンが多く配置されていて、食べ物は何もしなくても運ばれてくる恵まれた環境のバーベキューだった。飲み物は自分たちで取りに行くシステムだが、ボトルを2本まで席に持ち込めるので、たびたび歩いていく必要がない。二ツ町も仲間たちも、リラックスしきって楽しそうに談笑していた。おれはそれを眺めながら、近くの席に座った髪の長い女性と話をした。
「成田くんは独身なの?」
「はい。いまのところ結婚の予定はありません」
「へえ?意外。かっこいいのに……彼女はいますよね」
 このやり取りの意図するところを読み取って、おれは注意深く、控えめな笑みを浮かべて言った。
「付き合っている人間ならいます」
 まだ何か問いかけられていたのに、まったく聞こえなくなってしまった。
何気なく見下ろした道路に、影浦の姿が見えたのだ。
 ただしそれは単なる影浦の姿ではなく、『ゴージャスな美女と腕を組んでいる、影浦の姿』だった。

「おーい、どうしたんだよ怖い顔して」
 隣の女性が席を立った隙に、二ツ町がやってきておれの隣に座った。影浦と女は腕を組んでおれと同じ建物に入ってきたが、屋上に上がってくる気配はなかった。
「……知人が女といたから、おどろいてしまって。上がってくる気配がないから、下のレストランにいるのかもしれない」
「あー、なんかここって、地下にVIPルームがあるらしいよ。そっちかもな」
 立ち上がったおれを見上げて、二ツ町が眉をひそめた。
「なんだ、マウンド行く前みたいな顔して」
 おれは首を振ってから礼を言った。
「今日はどうもありがとう。大事な用事を思い出したから、先に失礼していいか」
 二ツ町は片眉を上げ、いたずらっぽく笑って言った。
「手助けが必要か?」
 場を辞するために二ツ町の友人に挨拶をしてまわる。頭を下げると、片手をあげて見送られたので、同じように返した。
「いや。自分でなんとかするのが好きなんだ。知ってるだろ」
 かつてのスラッガーは満足そうに笑いながら頷いた。
「ああ、お前はそういうやつだよ。グッドラック」
 このさっぱりとした友人に、かつてどれほど心が救われたか思いだした。これからも仲良くしてほしいものだ。一瞬だけそんなことを考えたものの、すぐに頭の中を切り替えた。つまり、影浦のことをはっきりさせなければ今日は眠れない。
 店員に声をかけて自分の料金よりも多めの支払いを済ませてから、さりげなく地下のVIPルームについて聞き出してみた。レストランフロアは人がいっぱいだったが、影浦の姿はなく、いるとしたらそこしかないと踏んだのだ。
「ああ、オーナーのお知り合いらしいですよ。たまにご利用いただくんですがいいお客様です」
 アルバイトの青年はタバコひと箱でそんなことを教えてくれた。自分が吸わなくてもタバコとライターを持ち歩くと、こういうときに役に立つ。営業のノウハウは人生を豊かにしてくれるものだ。
 トイレの場所をきいて頭を下げると、やがて青年はフロアの奥へ消えて行った。それを見届けてから、平然と地下への階段を降りた。まるで自分がそこに行く用事があるかのように、さりげない様子で。

 VIPルームというものに足を踏み入れたことがないので、その部屋が豪華なものなのか、はたまた質素なものなのか分からない。ただふつうのレストランフロアとは確実に違っていた。
 地下の壁はコンクリート仕上げになっており、個室の扉のみ木製で、中の様子を確認できるように細いガラス窓がはめられていた。
 逡巡してからその窓をのぞくと、広いスペースに、男3名と女1名が座っており、そのうち1名は影浦本人だった。
 影浦はこちらに背を向けていて、隣にさきほどの女がしなだれかかるようにして密着していた。一緒にいる男はどちらも隙のない目をしていて、特に手前に座っている背の高い男は、常に周囲に気を配っているのがわかる。もうひとりは体つきこそごついものの、柔和な雰囲気があり、黒縁めがねをかけていた。
 ドアの隙間から聞こえてくる話の内容で、その男の仕事がなんとなく察せられた。警察官僚。いわゆるキャリア組だ。もうひとりの仕事はよくわからなかったが、近況を報告し合っている。影浦は時折笑いながら返事をしていた。おれといるときとも顧客といるときとも違う顔と話し方だった。横柄な言い方がゼロになったわけではないのだが、8割引きになっている、といった感じだった。
「――それで、どうして別れたんだ?いまだにそんなに仲がいいのに」
 警察官僚がそう問いかけると、影浦は肩をすくめた。
「日和は、おれには良すぎたんだよ。もっと似合う人間がいるだろうと思ってな」
 ……『おれには、良すぎた』?そんな謙虚で優しい言葉を影浦の口からきくとは思わなかったので、無意識に拳を握りしめていた。お前、おれにそんな殊勝な口をきいたことが一度だってあったか?ない。絶対にない。一度もない。
「理由になってないぞ、仁。まだふたりで会ってるんだろ?それじゃ日和だって納得できなくて当然さ」
 黒縁眼鏡が憐れむような眼で女をみて首を振ったが、そんなことはどうでもいい。

 ――まだふたりで会ってる、だと?

 怒りで頭がくらくらしてきた。あの女はおそらく御手洗日和、影浦の幼馴染であり、元婚約者で、「別れた」ときいていたはずだ。それも数年前に。

 隠れてこそこそ会っていたのか。
それも、こんなに親し気なのだから「たまに」ではないはずだ。

 胃の底が燃えそうなぐらい熱かった。浮気をされたことに対する怒りよりも、裏切られたショックの方が勝っていて、女ではなく影浦をぶん殴ってやりたくて仕方がない。それも今すぐだ。この扉をぶちやぶって胸倉をつかみ、ボコボコに殴って荒川に打ち捨ててやりたい。
 自分の激情に戸惑っていると、女がとどめの一言を放った。
「仁くんとバージンロードを歩きたいの。お願いだから「うん」と言って」
――気が付くとドアを蹴破っていた。本当に無意識だった。電光石化の前蹴りで蹴飛ばしたドアは警察官僚にぶつかってからバーンと音をたてて倒れ、黒縁眼鏡と女は唖然とした顔で座ったままこちらを見ていた。
 目を見開いた影浦が何か言う前に胸倉を掴んで立たせる。ぶん殴ってやる、つもりだったのに、おれの身体は意に反してそのまま影浦を引き寄せ、全員が観ている前で唇に噛みついてしまった。やわらかくて薄い唇は驚きのせいか薄く開いていた。よほど驚いたのか、身じろぎも反応も返さない影浦の胸を押して手首を掴み、女のほうを真っすぐ睨んで言った。
「おれの男に気安く触るな」
 グラスが落ちて割れる派手な音がした。黒縁眼鏡が落としたらしく、あたり一面にウィスキーの匂いが広がった。
 警察官僚が精神と体制を整える前に、おれは影浦の腕を掴んでその場から走って逃げた。店側はドアをけ破られグラスを割られるという被害甚大だったわけだが、弊社の取引先ではないし、おれがやったとは思わないだろう。金ならいくらでもあるといった風情の影浦のお仲間たちが、いいように取り計らうに違いない。そう決めつけて、影浦の腕をつかんだまま代官山を走り抜けた。いい年をした男が男の腕をつかんだまま街を疾走しているのだから、目立たないわけがない。過ぎ去る人間全員が奇異な目でこちらを振り返って道を開けたが、おれはどこか爽快な気分だった。ずっと隠れて浮気をされていたかもしれないのに、さっきまで殴ってやろうと腹を立てていたのに、妙なものだった。
 あの時の男女の顔が忘れられない。この世の果てをみたかのような表情を浮かべている彼らと、事態をまったく飲み込めずにいる影浦の対比が面白くて、怒りはすっかり霧散していた。
「おいっ、悠生……ちょっと待て!腕がいてえだろ!」
「今おれに逆らう権利が自分にあると思うのか?」
 道路に出てタクシーを拾い、押し込むように影浦をのせた。隣に座って影浦の家へ行くようにドライバーに案内すると、「何勝手に家に上がり込もうとしてんだ」と悪態をつかれたが無視した。
 タクシーの中ではずっと無言だった。あまりに重苦しい空気にドライバーも気圧されたのか、世間話のひとつも出ないまま影浦の家に到着した。すっかり夜になったあたりを見回してからふたたび影浦の腕をつかもうとすると、「自分で歩ける」といって振りほどかれた。
「お前何か誤解してるだろ」
 キッチンで水を飲んでいるおれに向かって、影浦が言った。
「日和とは別れた。あれは違うぞ」
 思わず鼻から息が出た。影浦が眉をひそめる。
「へえ。まだ会ってるらしいが、ふたりでピクニックでもしてるのか?」
「あれは――、」
 こちらへ寄って来ようとした影浦は、はっとした様子で自分の顔を手のひらで覆った。
「悠生、ちょっと落ち着け」
「何笑ってる。おれは怒ってるんだ、ニヤニヤするな殴りつけるぞ」
 こらえきれなくなったのか、影浦が身体を折って吹き出した。
「いいか。日和はな、結婚するんだよ。――松野とな」
 松野?と問いかける前に、影浦が説明した。
「さっきお前がドア蹴飛ばした店にいた、黒縁眼鏡の太マッチョだよ。あいつと結婚するんだ」
 思わず大きい声が出た。おれの悲鳴に似た叫びをきいて、影浦が豪快に笑った。
「日和は最近父親を亡くしたから、おれとバージンロードを歩きたいって言ってきてな。恋愛関係は清算したが幼馴染だ。相続の話だのなんだの、相談に乗ることが多かっただけだ。なにせガキのころからの付き合いだしな。必要な人間に紹介したり、中継ぎをしたことがほとんどだったが」
 頭をかかえてしゃがみこんだおれの耳元で、影浦が同じように腰を落としてきて言った。
「さっきの啖呵はなかなかのものだったぞ。あのときの全員の顔、写真で残しておきたかったよ」
 なぜか嬉しそうな声でそういうと、影浦は唸り続けるおれを立たせ、シンクに押し付けてキスをしてきた。こんなときだというのにおれはそれに抗えず、首に腕を回してしっかり味わってから、顔を背けて絶望的な声を出した。
「誰かおれを殺してくれ」
「説明する手間がはぶけた。あいつらは幼稚舎からの学友だから、いつかお前のことを紹介したいと思っていたんだ。それにしてもまさか、あんな方法をとるとは思わなかったが」
 厭味ったらしく、それでいて最高に上機嫌な顔で影浦が言うので、おれは影浦の横をすり抜けて帰ろうとした。今日はもう復活できそうにない。誤解してとんでもない行動をとってしまった。
 腕をつかまれて引きずられ、寝室のベッドに突き飛ばされて慌てた。セックスばかりだと責められた後だったし、なにより、大恥をかいたあとでとてもそんな気分にはなれなかった。
「仁、今日はやめよう」
「その提案は却下だ。――おい、脱がせにくい。腰を浮かせろ」
 抵抗して身体を押しても、本心では嫌ではないから力が入らない。影浦は嬉しそうな顔から真剣な顔に少しずつ表情を変えておれを懐柔しようとした。この顔をされると弱いのだ。いつも偉そうにしているくせに、おれを抱くときだけひどく切なそうな表情をみせる。それがたまらなくてセックスばかりしてしまう。(もちろん気持ちがいいから、というのもあるけれども)
「セックスばかりは嫌なんだろ」
 おれの言葉に影浦は真上で首を傾げた。そしておそろしく美しい笑みを浮かべながら、
「これからはセックスだけじゃなくいろんな場所に連れていくぞ。だが今日はとりあえずやらせろ。――お前の男が頼んでるんだぞ、早く脱げ」と言い放った。
 自分の言った言葉を思いだしてふたたび悲鳴をあげたくなったが、影浦がそれを許さなかった。あざやかに服を脱がせてあっという間におれを裸にすると、自分も服を脱いで覆いかぶさってきた。手のひらで頬を包まれ、触れるだけのキスをしてから、唇はどんどん遠慮をなくしていき、最終的に泣いて謝るまでめちゃくちゃにやられた。

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(おまけ)

 翌朝、二ツ町からメッセージが入っていた。返信をしようとLINEを開くと、電話がかかってきた。
「問題は解決したか?」
 笑い交じりの声。おれはうんざりしながら返事をした。
「そもそも問題が発生してなかったパターンなんだ」
 返答する自分の声がひどくしわがれている。おどろいたのか、二ツ町が「風邪ひいたのかよ、大丈夫か」と声をかけてくれた。
「夕べ服を着ずに寝たからちょっとな」
 嘘はついていない。
 何かを感じ取った二ツ町が、「やーらしい、まさかお前」とご機嫌な声でなにか言うところまで聞こえたのだが、そのあとすぐに端末を取り上げられて電源を落とされたので、諦めて惰眠を貪った。