13 成田さん、指名入りました!(後編)

 男はコワモテの男数人にどこかへ連れていかれた。姿が見えなくなってすぐ走ってきたオーナーは、影浦の顔を近くで見てへなへなと床に膝をついた。
「まさか、成田くんは……この人のイロなの?」
 しゃがみこんだおれの耳元でそう問いかけてきた声は震えていて、(イロってのは、情人のことだったかな、と考えて)「まあ、そうです」と答えた。
「この人、影浦一族の御曹司だよ!?」
「らしいですね」
「いやいや平然としてる場合じゃないって!タマが縮み上がったよ、万が一ケガでもさせてたら、おれこの世界で生きていけなくなるところだったじゃないか!……ああ~~申し訳ありませんでした、あのような無礼で不細工で品性下劣な人間とあなた様を同席させてしまった、ご無礼をお許しください!うちのキャストを助けてくださって、どうもありがとうございます」
 謝罪と礼を述べたオーナーに、影浦は「こちらこそ連れが迷惑をかけたみたいで申し訳ないです。さっきのシャンパンの値段は言い値でつけていただいて構いませんよ」と言ってよそゆきの微笑を浮かべてからボーイを呼び、残りのシャンパンを店の客にふるまうよう申し付けた。
「みなさん、ご迷惑をおかけしました。よろしかったらみなさんでシャンパンをお楽しみいただいて……今の不快なできごとを忘れて楽しんでください。よい夜を」
 まるでこの店の気品のある主人のようなふるまいでそう言ってから、うやうやしく頭を下げる。顔をあげた影浦は惜しみなく美しい笑顔を振りまき、周囲のバニーたちを全員うっとりさせた。
「お金持ちで、あんなに美形なのに性格もいいなんて最高……。僕好きになっちゃった」
 真島がとなりで目を潤ませて影浦をみつめている。確かに美しいことに関して異論はないが、性格がいいという言葉は全くそぐわしくないので耳を疑った。
「あんな人が太客になってくれたらなあ」
 さっき尻をわしづかみにされて震えていたくせに、人間っていうのは本当に『顔しかみていない』んだな、と呆れてしまった。まあお前の太客になることは天地がひっくり返ってもあり得ないのだが。
「成田くん、大丈夫?」
 羽瀬さんがハンカチを手にこちらへ近づこうとしたとき、突然影浦が振り向いた。振り向きざま無言でふところから取り出したハンカチを顔に投げつけられ、むっとしながら濡れた顔や首を拭う。ハンカチぐらいふつうに渡せないのか。
 高級感漂うエルメスのハンカチでためらいつつ顔や髪を拭く。したたり落ちてくるシャンパンをぺろりと舐めると、なるほどこれは高級だよな、と納得の味がした。どうせなら口から飲みたかった。
「さて、おれはお前に用がある。こっちへ来いよ、バカウサギ」
 そっとその場を後にしようとしたおれを影浦が見逃すわけはなかった。背を向けたおれのうさ耳を両手で一掴みにして、ぐいぐいと後ろに引いて勝手に歩いていく。
「影浦くん、乱暴はダメだよー」
「こいつはおれのものなんだから、どう扱おうがおれの自由だ」
「うわ、トンデモ俺様理論出た」
「……耳がちぎれる、乱暴に掴むな」
 羽瀬さんの嫌味にも、おれの抗議にも、影浦はまったく動じない。フロアに立っていたスタッフに個室(VIPルームがこの店にも用意されている)の場所を問い、耳をつかんだままずんずんと歩いていく。そのあとを首根っこ…いや、耳根っこを掴まれたウサギのようについていくおれ、楽しそうに追いかけてくる羽瀬さん――何をやっているんだ、おれたちは。
「ついてくんな、帰りやがれ、この泥棒」
 羽瀬さんに向けて言った言葉に、彼は眉を上げて大げさに抗議した。
「ずいぶんだな、泥棒ってなんだよ」
 広々とした部屋にはソファ席やカラオケセット、水割りセットやワインセラーがあって至れり尽くせりの状態だった。おれをソファに突き飛ばした影浦は、ドアの近くに立っている羽瀬さんに「鍵をかけろ」と命令した。
「まさかこんなところで彼をどうにかするつもりなの?」
 口では非難しながらも、羽瀬さんの顔は笑っていて、忠実に影浦の命令を実行に移した。鍵のしまる乾いた音がきこえてきて、さすがにおれも声を荒げる。
「社会勉強しただけだ。契約も取ったし、問題ないだろ」
 弊社は副業禁止ではない。影浦いわく、「いろいろな経験を本業に生かしてもらうため」らしい。となれば、おれのアルバイトだって責められるいわれはないはずだ。
「なら、おれが仕事のために女と寝ることに何の問題があったんだ?」
 言葉に詰まりかけて、なんとか反論した。
「仁とは違う。おれは誰とも寝てない。うさぎの耳をつけて酒を飲ませるだけだ」
 身体を起こそうとすると、うさ耳を掴んで顔をソファに押し付けられた。うつ伏せで後ろから圧し掛かられて、影浦の匂いを感じただけで抵抗をやめたくなる。
「この泥棒野郎の言いなりになって、いかがわしいオプションのある風俗店で働くことが社会勉強だってのか」
 声が低い。本気で怒っている。羽瀬さんを介したことが余計に影浦の機嫌を損ねているらしかった。
「あのさ影浦くん、さっきからね、泥棒ってなんなの。僕は君の所有物をなにひとつ盗ったりしてないよね」
 おれの腰の上に座り込んだまま、乱暴にシャツのボタンを外していく。ソファと身体の間に入り込んできた指が、もどかしげに襟をつかんで中途半端に上半身を裸にした。
「盗ろうとしてんだろ。お前もおれも、興味のないものに近づくほど暇じゃねえ」
 立ったまま身体を折って、羽瀬さんがおれをのぞきこんできてにっこり笑った。
「まさか。そんなことしないよ。人のものを奪うなんて品のないこと、僕は絶対にしない。ただ、美味しそうだなあ一発やりたいなあって思うだけだよ。性欲でしか見てない、つまり『ヤリ目』だね。僕には失えないものがたくさんあるし、成田くんに本気になったら待つのは地獄だけじゃない」
 ここまで爽やかに『ヤリ目』という言葉をつかえる男がいるだろうか?感心と呆れが入り混じって、おれは怒るのを忘れかけて、慌てて思いだしてもう一度手足を動かした。
 抵抗しようとした腕をサスペンダーで後ろ手に縛られる。振り返ってにらみつけても、影浦は徹底的に無表情を決め込んでいる。本当にこんなところでことに及ぶつもりなのか。信じられない。
「やめろ!…おいっ、家ですればいいだろ」
 羽瀬さんが目の前で眉を上げてから自身の携帯端末を取り出し、操作して音楽を流しはじめた。
「外に聞こえちゃまずいからね」
 協力体制を組むんじゃない、と怒鳴ろうとすると、影浦が強引に脱がせて床に放り捨てていたおれの下着を口に突っ込んできた。すぐ外に人がたくさんいる、そんな状況で、下半身は真っ裸、上半身はシャツが脱げて腕に引っかかっているだけ(おまけに口の中に下着を突っ込まれている)の自分の姿を想像すると、耳まで一気に熱くなった。
 Franz Ferdinandの『No You Girls』 の陽気なメロディと拍手の音が部屋の中にこだまして、おれのうめき声や、暴れて壁にぶつかる音をきれいに消してしまう。
 おれが手足をばたつかせて声を上げても、羽瀬さんは音楽の音量をあげて、困ったような顔で「観念しなよ」と囁くだけだ。
「ん、んんう……!」
 あとで覚えていろ。そういう呪いを込めて、圧し掛かって耳を食んできた影浦を睨みつける。目が合うと縛られた腕をぐいっと後ろに引かれて、服を着たままの影浦にもたれかかるような体制に変えられた。首にひっかかったままの蝶ネクタイと、うさぎの耳、腕のところで絡まったシャツ以外は何もみにつけていない状態で、羽瀬さんに向かって足を開かされる。
 暴れようと身動きするたびに影浦の硬くなった性器が尻に当たってしまって、次第に落ち着かない気持ちになってくる。こんなことをさせられるなんて、恥ずかしくて、腹立たしくて、嫌なはずなのに、それだけじゃなくなってくる。
 テーブルをはさんで向かい側、ソファの正面で、羽瀬さんは足を組んでシャンパンを飲み始めた。
「見られて興奮してるの?成田くんのここ、すごく濡れてるよ」
 舌なめずりするような表情でそう言って、羽瀬さんが前から手を伸ばしてくる。見ないでくれ、と懇願したいのに、腕は縛られ口はふさがれていて何もいえない。
 自分でも分かっている。しびれるように熱くなった下半身から、だらしなく涎を垂らしているであろうことは。
 羽瀬さんの手がおれの性器に触れる直前、影浦がぴしゃりとはねのけた。痛い、と眉をよせた彼に、影浦が地を這うような声で「さわんじゃねえ」と威嚇する。
「ケチ。減るもんじゃないんだしいいじゃないか」
「減るし汚れる。黙って見てろ。見ることは許してやるよ」
 横暴な影浦の口調にも、羽瀬さんは気分を害した様子もなく「ご執心だねえ」といって楽しそうに笑ってみせてから、真剣な顔で黙った。
――舐めるように見られている。足の間やその奥まで、ぎらついた眼の前で、全てつまびらかにされている。恋人でもなんでもない、取引先の男に。
 そう意識すればするほど、頭の中が沸騰した。
 みないでください、と言いたくても言えないから、羽瀬さんと目を合わせて必死で首を振った。そうすると、彼は視線を逸らすどころか、ますます興が乗ったようにニヤニヤと笑った。

「触ってもないのに。みられてそんなに嬉しいか」

 後ろから吐息と一緒に声を吹き込まれる。影浦の長い指が、何もされていないのに立ち上がっている乳首をかすめ、くすぐるように何度も撫でてきた。
「ん……、んんっ、う、」
 突然強く摘まんで引っ張られ、首をのけぞって身もだえする。敏感になった胸の先が、痛みと気持ち良さで赤くなって腫れてしまった。
「まだ胸しかさわられてないのに、とろっとろ。もしかして成田くんって乳首でイケるの」
 首を振って『違う』と伝えたつもりだったけれど、羽瀬さんは意地悪な顔で言った。
「乳首じゃ物足りないんだって。これ使う?」
 おれが目を見開いたのと、影浦がローション(不思議な色をしている)を受け取ったのはほぼ同時だった。影浦の太ももの上から逃げようとしたおれを、ふたたびうさ耳をつかんで自分の膝に引き戻してから、怪しげな紫色をしたローションボトルを光にかざす。
「見たことないな。こういうたぐいのものは大概知ってるが」
 振り返ってその表情を盗み見ると、影浦は眉を寄せ、警戒心をあらわにしていた。
「そういえば大学のころ、『大人のおもちゃを売り歩く』バイトをしてたんだっけ。これ、なかなか良いものだよ」
 後ろからおれの首筋や肩に歯を立て、舐めてから、影浦が言った。
「成分の分からないものは使わねえ」
 投げて返そうとした影浦に、羽瀬さんは心得たようにうなずいた。
「君に嫌われても僕にとっていいことなんか何もないからね。媚薬入りのローションで、海外セレブの間でかなり人気の代物さ。まだ日本には入ってきてないんだけど…マンネリ化した妻との夜の生活を少しでも盛り上げるべく、なんとか手に入れたものでね」
 僕から君への貢ぎものだよ。そのかわり、いい思いさせてもらうけど。
 そう言ってふところから何か紙を取り出し、影浦に見せた。おれは影浦に背を向けているので、そこに何が書いてあるのかは分からなかった。
 どういう取引がなされたのかまるで分からないが、影浦はそのローションを使うことに決めたらしい。相変わらずシャツも脱がず、スラックスの前もくつろげないまま、わざとおれにみせつけるようにしてローションを自分の手のひらにたっぷり出した。
 濡れた指が、後ろの穴の周りを何度か撫でてからゆっくり侵入してくる。影浦の指はおれの中をよく知っているから、探るようにゆっくり指を出し入れさせ、時間をかけてそこを開いた。
「ひらいてきたね。ぐねぐねしてる」
 見るな、解説するな、穴に息をふきかけるな!
 声に出せないからうめき声をあげるしかなくて、おれは自分の無力さに失望した。どうしてこんなことになったんだ。そしてどうしておれの身体は、こんな状況なのに興奮してしまうんだ?
「――にしても、影浦くん意外と丁寧に抱いてるんだねえ。まったくアナルが型崩れしてない。色も形もきれいで、逆にいやらしいぐらいだよ。とろとろになって入れてほしそうにしてるね」
 AV男優のような言葉攻めはやめろ、そう頭の中で叫んだところで、2本の指で腹の裏のあたりをぐりぐりと押されて気持ち良さで死にそうになった。声が出せず、腕も動かせないから身体を跳ねさせるしかなくて、影浦の膝の上で背を反らせて中イキしてしまった。
「んんーーーーーーッ!!」
「えっろ……、中イキまでできるの」
 達したことで少しは冷静になれるかと思ったのもつかの間、体の中が熱い。ローションを塗られた場所が、熱くてじんじんしてきた。かゆいような、物足りないような……、まさか、これが媚薬の威力なのか?媚薬なんて現実世界に存在したのか。
「ペニスに触られてもないのに中イキするとはな。どこまで淫乱なんだよ、お前は」
 すけべなウサギめ、とののしってから、拘束されていた腕をほどかれ、ソファの上で四つん這いになるよう強いられた。中が、体の中が熱くてせつないぐらいで、とにかく何かでこすってほしくて、おれは黙って言いなりになった。
「もうこれいらないでしょ?」
 脱げかけたおれのシャツを羽瀬さんが脱がせて、余っているソファの上に置いた。うさぎの耳も外そうとしたが、影浦が手で振り払ってしまった。
「結構気に入ってるんだ~?いや、かわいいよね、確かに。この身体にうさ耳ってさ……ギャップ最高」
「うるせえ、どさくさに紛れて触ろうとしてんじゃねえよ」
 離れろ、と偉そうに命令してから、うしろで影浦がベルト外す音がした。間を置かずにファスナーをおろす音。それだけで、おれはもう気が狂いそうだった。

 ほしい、とにかく早く、影浦が欲しい。これ以上前戯なんてなにもいらないから、とにかく硬くなった性器で中を滅茶苦茶についてほしい。

 犬の交尾のような姿勢で影浦が覆いかぶさってくる。手のひらが伸びてきてうしろから顎をすくわれ、キスをしようとした。
「ああ、これはもういらねえな」
 影浦が思いだしたように口の中につっこまれていた下着を取り去り、舌を突き出してくる。とにかく早く気持ちよくなりたくて、振り返って必死で影浦の舌をむさぼった。聞くに堪えないような水音をたてて舌を味わう。理性が遠のいているせいか、影浦の甘い味に夢中になってしまう。
「ん、仁、も、欲しい……」
 恥もプライドも何もかもどうでもよかった。おれは自分から腰を突き出して、影浦のものにこすりつけて誘った。
「他人に見られているのに、いいのか」
 余裕のない顔をした影浦が、舌打ちをしてから側に立っている羽瀬さんを見た。羽瀬さんは、おれを見ながら勃起した性器を擦っていた。それはまるで楽器か何かを磨くみたいな、不思議と下衆さのない自慰行為だった。
「いい、全部みられたまま……中に、出されたい」
 数センチ先にあるそそりたった羽瀬さんの性器にみとれていると、また影浦にうさ耳を掴まれ、後ろに引かれる。今度は舌ではなく、唇がやさしく触れてきた。
 唇を舐めたり噛んだり、乱暴にしたあとで舌が口腔内をいやらしく探ってくる。影浦のキスは麻薬みたいだ、と本能に支配されて霞んだ頭の中でつぶやく。こいつとのキスは、気持ち良くて、病みつきになって、離れられなくなる。
 影浦の性器がくぽ、くぽと入口の所に浅く入ってきては出ていくことを繰り返した。ソファの上で肘をつき、腰をくねらせて、後ろで膝立ちになっている影浦に尻を押し付ける。どれほどおれが急いで挿入させようとしても、影浦は腰を引いて、おれの願望を満たしてはくれなくて、焦燥感で頭がおかしくなりそうだった。
「へえ。見られたまま、何をどうされたいんだ?はっきり言えよ」
 ぎらついた眼で見下ろしてくる羽瀬さんに視線を合わせる。彼の性器は濡れていて、先からこぼれたしずくが糸を引いていた。
 ああ、舐めたい、と思ってしまう。本当は影浦のものを舐めたい。口いっぱいに含んで、喉のおくが苦しくなるぐらい突っ込まれたい。
「み、られたまま……影浦の、いれて、ぐちゃぐちゃに擦ってほしい…、ん、仁、抜かないでくれ、お願いだ」
 振り返ろうとした頬に、達する寸前の羽瀬さんの性器がべちんとぶつけられた。雄の匂いを感じると同時に、頬に先走りがべっとりとついてしまう。
「人前で、このすけべな穴に……、影浦くんのをいれてほしいんでしょ。ちゃんとそう言いなよ、成田くん。でないとご褒美もらえないよ?」

 ふつうの頭なら、こんな頭の可笑しい要望にこたえるわけがなかった。けれどおれは今、頭のねじが数本飛んで、セックスのことしか考えられなくなっていた──正確には、セックスで気持ち良くなることしか。
 浅くいれては抜かれる性器に自分から尻を押し付けながら、言ってしまった。
「おれの……びしょぬれでゆるゆるのすけべな穴に……、仁の、かちかちのペニスを入れて、擦って、ついて……中出ししてほしい、はやく」
 腰骨のところを掴んで、影浦のものが中に入ってくる。さっきまでの余裕とはまったく違う、強引で乱暴な挿入だった。
 ぐぽぐぽ、ぐちゅぐちゅという音を立てて、影浦の性器がおれの中を犯していく。
「ああ……、い、イク、もうイク」
「まだいれたばかりだろ」
 嘲るような口調で影浦が言った。そのとおりだった。挿入されて 数回抜き差しされただけで、まだ根元までいれられてもいないのに、鳥肌をたてながら達してしまった。
「や、待って、いってるからっ」
 これは全部、媚薬の入ったローションのせいだ、とおもった。
「いつもこんなえっちなの?信じられないな………普段のきりっとしてる君とは別人みたい。こっちが本当の成田くんなのかな。ねえ、こっちの口使っていい?いいよね、僕もう我慢できないよ」
そう言って、ソファに片膝を乗せた羽瀬さんが、いきなり口の中にいきりたったものを突っ込んできた。
「仕方ねえな、そこだけ許してやるよ……、悠生、せいぜいサービスしてやれよ。おれが教えたとおりにやればいい」
 うしろから両肩を掴まれて激しく腰を打ち付けられ、あまりの気持ちよさに涙が出た。声にならない呻きや悲鳴が自分の口から漏れる。肌のぶつかる音の合間、恥ずかしい水音がきこえてくる。
「悠生、……っは、中がいつもより熱いぞ。そんなに見られて嬉しいか、変態め」
「ちが、媚薬、入ってるから……!こんな、あっ、こんなの、おれじゃない……」
 言いながら、タイミングを合わせて腰を前後に動かしてしまう。つい後ろに夢中になって口淫がおろそかになると、襟足からそろりと髪を撫でてきた羽瀬さんが後ろ髪を掴んで、ぐっと口の奥に性器をねじこんでくる。
「成田くん、こっちもちゃんと舐めて。そう、上手だね」
「んぐ、んむ……」
 影浦のものが中に入ってきたときは腹に力をいれて締め付け、出て行くタイミングで口元に押し付けられた羽瀬さんのペニスをわざと音を立てて強く吸った。髪を撫でてくる手がやさしくて気持ちいい。顎の裏に亀頭を擦り付けたり、先っぽの穴を押しひらくみたいに舌を割れ目になぞらせていると、興奮した彼の性器から、あとからあとから苦いものが出てきた。
「みて、影浦くん。君の恋人、僕のをおいしそうに舐めてくれてるよ……ね、おいしい?」
 おれの中を激しく犯していた影浦が動きをとめてこちらを見た。
「教えてやれよ、悠生。お前なんかの手に負えない、ってな」
 うつくしい微笑を浮かべ、こちらに手をのばしてくる。長い指がおれの髪を掴んだと思うと、ぐっと顔を羽瀬さんの股間に押し付けられた。
「もっと喉の奥で愛撫してやれ。できるだろ」
 影浦は、おれの髪を掴んで頭を前後に動かしながら腰をゆるく突き入れてきた。吐き気がするのに、こんな目にあっている自分にたまらなく興奮した。
「そんなことまで仕込んだんだ。怖くなってくるな……、ああ、気持ちいい」
 鼻水が出てくる。苦しくて、でも影浦に教え込まれた喉奥の性感帯に先のまるいところが擦り付けられて、夢中になってしゃぶってしまった。
「あーーーいく、成田くん、いく、ねえ、あとでみせてね、おれの……!」
 口の中に出されて、身体がふるえた。羽瀬さんは長い時間をかけて射精して、その間も影浦は後ろからおれを穿ち続けた。片足を持ち上げたり、後ろから首をしめたりしながら、ひたすらに動き続けた。
「やばい……、こんな気持ちいいフェラチオ、生まれてはじめて」
「んっ、ゲホゲホッ…!……」
 腰を掴まれ、寝バックの体制で影浦が覆い被さってくる。濡れたペニスをティッシュで拭いている羽瀬さんに舌を出し、さっき出された精液を見せつけた。
「うっわ、そこまでしてくれるの」
 飲み込んでみせようとしたら、影浦が顎を掴んで、ティッシュで口の中を拭いた。
「そんなことまで許してねえぞ。──こっちを向け」
 念入りに口の中を拭かれ、部屋に置いてあった水ですすがれた。その間もずっと挿入されたままだった。よろよろとソファに座った羽瀬さんは力なくため息をついている。
「傷つくんだけど。そんな汚くないし」
 わざとおれが達しないように、動いては止めるを繰り返しながら、影浦が笑った。うつぶせに寝そべっていた体制から、またうさ耳を掴んで上半身を起こさせ、かわりに影浦が仰向けに転がる。
「自分で動いてイってみせろ。あそこで見てる変態にもよく見えるように、ゆっくり出し入れしてやれよ」
 騎乗位でセックスするのは好きだ。けれど、人にみられながらするのははじめてのことで、本来ならぜったいにお断りだ──今日は媚薬が入っているから仕方がないけど。そう思うことにした。
「どうせなら顔がみえるように、こっち向きで動いてよ、成田くん」
 欲に濡れた声で羽瀬さんがささやく。影浦はフンと鼻を鳴らして、「ほっとけ。お前はおれだけみてろ」といって、羽瀬さんに背を向けるように要求した。
 顔を見ながらセックスできて嬉しい。汗にぬれた険しい表情の影浦は、こんないやらしいことをしている最中だとは思えないほどきれいだった。なにをしていても──たとえこうして、人前ではしたないセックスをしているときでさえも──影浦のまわりだけ、品のいい空気と時間が流れるのだ。
 おれとは違う世界の人間。いや、人間かどうかすらあやしい、美しい生きもの。どうしておれを選んだのだろう。もっと端整な、才能にあふれた者をいくらでも選ぶことができたのに、なぜ。
セックスをしているときと仕事をしているときだけだった。同じ世界を生きていると感じられるのは。
 他はいつもどこか夢のような、曖昧な世界に立っている気がした。共に美味いものを食べていても、どこかへ出かけていても、いつか突然影浦がだれかにしかるべき場所へと連れ戻されてしまうのでは、と思っていた。
 愛している。
 でも影浦のいるべきところは、本当にここなのだろうか?
「ん、いい、もっと……下から突いて、仁」
 命令されたとおり、わざとゆっくり抜き差しして後ろにいる羽瀬さんにみせつけるように腰を動かす。前後にうごかしたり、ぐるりと回すように動かしたりしながら縦にゆれていると、下から見上げてくる影浦が、我慢しきれなくなって腰を突き上げてくる。
「余計なことを考えるな。気持ちいいんだろう?」
 手で濡れそぼった性器を擦りあげられ、顎が上がった。喉のおくからきゅうきゅうと音が鳴った。恥ずかしくて、耳や首まで熱くなる。
「子犬みたいな鳴き声だな。目だけじゃなくて耳にも毒だ、これ。いいなあ影浦くん、僕もほしいなあ」
 やらねえよ、と影浦が言って、おれの手首を掴み、激しく動いた。上にのっているのはおれなのに、すっかり支配され、コントロールされている。
「気持ちいい、仁、もっと」
 体を起こし、正面から向かい合ってキスされた。
「お前の欲しいものは、どんな手を使っても全部くれてやる。だから、」
 そんな顔をするな、
 とおれにだけ聞こえる声で、影浦が言った。
「どんな、顔だ」
 またイキそうだった。向かい合ったまま、欲望が赴くままに身体を動かす。
 影浦が眉をひそめ、中に出すと宣言してから鎖骨のあたりを強く噛んだ。
「イッ……」
 噛んだ場所を丁寧に舐め、腰を強く押し付けられる。中があたたかいもので濡れた気配がした。おれは影浦の背にすがりつき、ベストの背を引っ掻きながら絶頂した。影浦のスラックスが汚れてはいけない、と思い、慌てて身体を離そうとすると、背中に腕を回して強く抱きしめられた。その仕草はひどく不器用で、その分気持ちがこもっていた。さっきまでの鬼畜の所業からは考えられないほどに。
「……おれから離れたいように見えた」
 心細そうな声だった。顔はみなくてもわかる。きっと世界中のどんな人間も抱きしめずにはいられない、そんな表情をしているに違いない。
「離れられるものなら、とっくにそうしてるよ」
 肩に頭を乗せてため息をついた。離れられるものなら、嫌いになれるものなら、そうしている。
 おれは異世界の住人と恋愛をしているのだ。彼はいるべき場所があり、遠くない未来、手が届かなくなる。それはおれの思い込みや想像ではない。影浦とこういう関係になってから、別れを暗示するような出来事がいくつもあった。
「もっと簡単に手が離せたらいいのにと、何度も思った」
 付き合い始めたころ、ただ互いに好きであればそれでいいと思っていた。何かを求めたり、型にはめたり、対外的にこの関係がどうであるのかをかんがえたことはなかった。おそらく、考えないようにいしていた。考えた先にあるものが明るいものでないことを、なんとなくわかっていたんだろう。
 3年……いや。もうすぐ4年か。長いのか短いのか、よくわからない数字だ。けれどその年月で、影浦の手は、おれの心臓を指が食い込むほどつかんでしまった。
「あのお……ふたりの世界でしんみりしているところ申し訳ないんだけど、僕の存在を思い出してくれない?」
 羽瀬さんの申し訳なさそうな声で我に返って、慌てて服を着た。店を出るころには、熱くなっていた身体はすっかり冷えていた。

☆おまけ☆

 危うく耳をつけたまま帰りそうになった。
 都内のマンションにタクシーで帰ると、外したうさ耳をなぜか影浦が受け取り、どこかへ持っていった。てっきり捨てるか店に返却すると思っていたので、思案顔でうさ耳を手にしている影浦の像が面白くて笑いそうになった。危ない。笑うと絶対に怒るので、おれは目をそらして耐えた。
 広い家の中は冷房がよく効いていた。勝手に風呂に入り、置いてある部屋着に着替えてバスタオルで頭を拭きながらダイニングルームに入ると、そこには正装のはつさんが立っていた。
「お久しぶりでございます。最近とみにお忙しいご様子でしたので、お食事のご用意をさせていただきました。勝手をしまして、申し訳ありません」
 にっこり笑ったはつさんは、大きいテーブル(美しい花がテーブルランナーの真ん中に飾られている)を手のひらで指した。
「たしか、おふたりが正式にお付き合いをされて4年目の記念日でございましょう?ささやかではございますが、お祝いのかわりとさせてくださいませ。成田さま、仁さまも。どうぞおかけになってください」
 フレンチのフルコースを家で食べる日がくるとは思わなかった。偉そうな影浦もこれにはさすがに微笑みを浮かべた。いつもの業務用ではない、心の底からの微笑だった。
「どうして知ってるんだ、まったく。――悠生、せっかくだから熱いうちにいただくか」
 手を合わせ、向かい合って食卓につく。一緒に食事にさそったけれど、いつものごとくはつさんは遠慮した。彼女いわく、「主人と食卓を共にする従者はおりませんよ」とのことで、影浦の抱えるある種の孤独を考えずにはいられなかった。
「仁さまは子どものころからおひとりで食事をされていましたね。時折ご当主様と共にされることもございましたが…」
 ガラスの皿に美しく盛り付けられた前菜は、皿の周囲を彩るドレッシングの色があざやかで、まるで遊園地のようにカラフルだ。
「わたくしはうれしゅうございます。成田さまのような、ともに戦える素晴らしい伴侶とお食事を共にされる仁さまのお世話ができて、幸福でございます」
 伴侶という言葉におれと影浦が同時にむせた。はつさんはセッティング済のフルートグラスに、『アルマン・ド・ブリニャック』を惜しみなく注いだ。
「はつ……」
「どうぞ、乾杯なさってください」
 影浦もはつさんにはかなわない。おれたちは目を見合わせて笑い合ってから、軽くグラスを掲げた。
「記念日という概念がなかった。そうか、4年になるのか……」
 おれの言葉に、影浦は軽く肩をすくめた。
「まさかそんな日に、ウサギを仕留めに行くはめになるとはな」
「仁も楽しんでいただろう」
「それはこっちのセリフだ。お前は本当に底なしのスケベだな」
 はつさんはこまごまとおれたちの世話をしたり、順番にコース料理を運んで来たりした。おれは恐縮してしまって、自分でやりますよと何度か声をかけたが、彼女は「やりたくてやっているのです。どうかお任せください」といって取り合わなかった。
「人前であんなことをするやつに、すけべだなんて言われたくない。お前のほうがよっぽど――」
おれたちの雰囲気が険悪になったとみるや、はつさんがいきなり手のひらをパンとうち叩いた。
「成田さまは、仁さまのどのようなところを好きになられたのですか?」
 肉を切るナイフが大きい音を立ててしまった。影浦はナプキンで口をぬぐっているが、その顏は目に見えて動揺している。
「仁さまも。ときには言葉で愛情表現をなさったほうがよろしいですよ」
 おれが困って黙っていると、正面で影浦が「踊る大走査線で室井管理官がよくやっていたような、苦虫をかみつぶしたような顔」をした。
 そういえば、きいたことがない。おれのどこが好きなんだ、なんて湿った質問、とてもじゃないができなかった。
 影浦はナイフとフォークを置き、ためいきをついてからこちらを見た。
「理解できない、と思ったころから、気になっていたんだろうな」
 静かな声だった。目を伏せ、影浦が続けた。
「前の会社にいたころもそうだった。おれに適わないくせに、嫉妬も焦燥も感じられなかった。そのころからなんだこいつは、と思っていた。普通、ずっと同じ人間に負けていたら悔しいだろう?腹が立つし、なんとかしてやろうと思うだろ?こいつにはそれが全くなかった。不気味ですらあったよ。それから、一緒に働きはじめて、お前の……義弟への献身を知った。ますます理解できなかった。おれは――」

 なんの見返りもなくひとを愛するなんて経験がなかったから。
 その姿がとても愚かで、純粋で、美しくみえたんだ。

 真摯な声だった。
 そうだ、思いだした。かつて影浦が言っていた。『お前の弟のように愛されてみたい』というような主旨のことを。
 いま、おれの愛情は足りているだろうか。言葉が苦手で、伝えきれていないことがたくさんあるかもしれない。けどもしも、お前の命が狙われるようなことがあったとしたら、おれはためらいなく盾になるだろう。自分の命なんかまったく惜しくない。
 目が合い、目の奥が熱くなったが、グラスを呷ってごまかした。舌の上で繊細な泡がはじけていく。美味いシャンパンだった。こんなに美味いシャンパンを飲んだのは久しぶりだ。
「おれは……仁の、どんなときでも笑って見せるところが……、好きだ。とくにピンチのときほどお前は笑うだろう。強い人間だと、尊敬してる」
 あとは、たまに見せる弱さや寂しさが好きだった。抱きしめたくなってしまう。なんでもしてやりたいと思ってしまうのだ。でもこれは言わずにおいた。怒るに違いないから。
 まあ、まあまあ、とはつさんが悲鳴交じりに声を上げた。
「本当にお似合いのおふたりで……成田さま、仁さまが背負うものの巨大さを思うと不安なときもございましょうが、このはつ、いかなるときもおふたりのお手伝いをさせていただきますので、支え合いながら、末永くお付き合いくださいませ」
 涙をぬぐいながら手を握られて、おれは神妙な顔で「はい」としか言えなかった。影浦が目の前で大きく溜息をついた。立ち上がって、苦り切った顔で「もう帰れ」とはつさんをマンションのエントランスまで送っていこうとする。
「あとはおふたりで……その方がよろしいですね。ふふふ。こちらで結構です。仁さま、おやすみなさいませ。シャンパンのほかにもワインを数本、ワインセラーの中にご用意をしております」
 玄関までともに見送りにきたおれに、はつさんが笑顔で会釈してくれた。おれも頭を下げ、「ものすごく美味しかったです」と真剣な顔で伝えた。
「わかったわかった。気を付けて帰れよ」
「あと仁さま。食卓のお花が少々しおれておりましたよ。やはり、仁さまのお世話をほかの者に任せるのは不安が残ります。週に2回ではなく、すべてわたくしが……」
「検討する。おやすみ」
 まるで心配性な母親とぶっきらぼうな息子のようだ。影浦は母親と不仲だったというが、はつさんのような人が側にいてくれたなんて羨ましい。
 ドアが閉じる直前まで手を振って見送ってから影浦のほうをみると、腕をくんで廊下の壁にもたれていた影浦が、じっと見つめてきた。
「あのバイトはやめてもらうぞ。あと、羽瀬の担当からお前を外す」
 少し笑ってしまった。影浦の嫉妬は可愛くて好きだ。普段の言動が可愛くない分、余計に愛おしく思ってしまう。
「バイトは今日で最後だった。羽瀬さんの担当は……、向こうがそれでいいなら、おれはこだわらない」
 首に腕を回して鼻先にキスを落とすと、しかめっつらが返ってきた。
「笑ってんじゃねえ。次あいつとふたりで会ったら……、おい、話は終わってねえぞ!」
「食事が冷めてしまう。話は食べてからにしよう」
 何か叫んでいる影浦を置いてダイニングに戻り、席についた。怒り冷めやらぬ様子で椅子を引いた男の空になったグラスに、残りのシャンパンを注ぐ。
「だいたいな、ここのところ悠生、てめえ調子に乗ってやがるな。最近義弟とも会いすぎだろうが。野球をするのは許してやったが、そのあとの打ち上げまでいいと言った覚えはねえぞ。あとな……」
「仁」
 返事をせずに視線だけをくれた影浦に、おれは目を細めて言った。
「とっとと食って、セックスしようぜ」
 口調を真似たつもりが、最後、笑い交じりになってしまった。目を丸くしたあとで、影浦はしかたなしといった調子で破顔した。

「真似すんな。ドスケベ淫乱変態野郎」