1:One Night Stand

※注意事項…いきなり攻めの浮気から始まります。しかもがっつり描写しています。
避けたい場合は3話目から読んでください。基本は攻めと受けが元サヤに戻るかもしれない話です。

 最後にふたりで飲もう、と誘われたときには、その意味を理解していた気がする。でもおれは断らなかった。その場所が彼の家ではなくおれの家だったのは、その方が近かったからだ。上司、六人部隊長が酒やつまみを駅前のデパートで買った。
 おれは先に家に帰って、簡単に家の中を掃除した。恋人が来ないのは分かっていた。彼は今年の春昇進して船を降り、そのまま本庁の国際部門に異動してから、自分のことで手一杯になっていたのだ。その寂しさがなかったかと言われると、やはりゼロではなかったと思う。けれどそれは恋人、一保さんに全く非のないことだ。だから恋人の不在にかつて好きだった上司を家に入れたのは、間違いなくおれが悪い。
「何から飲む?」
「おれはビールで」
 家にあがった彼は手を洗い、家の中をぐるりと眺めてからリビングのソファに座った。彼の向かいに座ったおれは、開いた窓から入り込む春の風の匂いをかいだ。すべてが芽吹きはじめる、希望にみちた匂いがした。
 目が合うと、彼はおだやかに微笑んでみせた。
「覚えてるか。昔、お前は何か月もおれの眼すら見なかった。いつも目をそらして、自信なさげにおどおどしたり、苛々したりしてた」
「覚えてますよ。恥ずかしいなあ。ほんと、なかったことにできるならしたいです」
 いただきます、と声を上げてビール缶をぶつけ合う。しばらくの間、黙って飲んだ。けれど気づまりな感じは全くない。何年もの間、寝食を共にしてきたのだ。一緒にいる時間だけでいえば、一保さんよりも長かった。
「あなたに出会わなければ良かったと、思ったこともあったんです。でもそれはあくまで恋愛的な意味だけで…仕事の面では、六人部隊長と一緒に仕事をしなければ、きっとおれはグズで何もできないままでした。感謝しています」
 六人部隊長は首をふり、穏やかな様子で笑って、おれをのぞき込んできた。
「由記市に来た頃からお前に会うまで、おれの毎日はずっと平坦だった。同じ色をしていた。同じもの食い、仕事をこなし、休日は遊びにもいかずに部屋にひきこもる。それに何の疑問も抱かなかった」
 淡々とした声でそう言い、おれをまぶしそうに見上げた。
「星野がおれの前に現れてから、すべてが変わった。本当に何もかもが変わったんだ。お前は賢くて、誠実で、傷ついていた。たとえるなら、そうだな…」
 いつの間にか空になったビールの空き缶をテーブルの上に置いてから、六人部隊長は囁くように言った。
「泥まみれになったダイヤモンドみたいだった。おれはただそれをみつけて、きれいに磨いただけだ。すべてお前がもともと持っていた素質だ。けれど、おれは楽しかった。星野が自分の手で輝いていくのが」
「見つけてくれたからでしょう」
 あなたが見つけてくれた。
 おれはただの石ころだった。けど、六人部隊長がダイヤモンドになれというのなら、そうなろうと思った。それだけだ。
「六人部隊長みたいになりたかった。だからおれは、あなたの背中を追い続けてきたんだ。いつも遠くに見えるあなたの背中を」
 彼の両手が伸びてきて、テーブル越しにおれの頭を抱きかかえた。
「お前はとっくに、おれなんか超えてるよ」
 言葉とは裏腹に、六人部隊長の手のひらは優しくおれの髪を撫でる。邪魔になったテーブルを乱暴に横へ動かして、抱きしめた。いつもすぐそばにあった、けれど決して触ることのできなかった体。かつて一度だけ一緒に眠ったとき、抱きしめたことがある。でもその頃とは、お互いに体つきも心境も違っていた。
「……寂しいです。六人部隊長のいない仕事なんて…つまらない」
「星野はおれのことなんかすぐに忘れるだろ」
「それで平気なんですか。あなたのことを忘れて、何もなかったみたいに生きていて、なんとも思いませんか。おれは、無理です。きっと一生あなたのことを忘れることなんてできない。あんなに鮮烈な記憶、消そうと思って消せるものじゃなりませんよ」
 不愛想な顔。真剣な顔。それに、ときどき見せる不器用そうな笑顔。
 全部、だれにも言わずに抱えたまま生きていこうと思っていた。ほかの人を愛していても、六人部隊長のための場所を永遠に持ち続けて大切にしていこうと思っていた。
 膝立ちのまま抱きしめ合っていたら、彼は耳元で低く囁き、苦しげな声を出した。
「忘れてほしくない」
 はっとした。ここから先に踏み込んではいけない、と最後の警告が頭の中で聞こえたきがした。
「今日のことをずっと覚えていてほしい。これまでのことを忘れても、今日のことだけは」
 キスをしたのがどちらからだったか忘れた。
ベッドに手を引いたのはおれだったけど、先に服を脱いだのも脱がせてきたのも六人部隊長だった。

 手が大きくて、おれよりも傷だらけだ。
 人差し指と中指で頬をなぞられ、おれも同じように返す。唇が触れるだけのキスを繰り返して、髪に触った。短くて硬い髪からは、おれと違う匂いがした。清潔で、さっぱりとした彼の香りだ。彼と、恋人が使っているシャンプーの香り。
 ベッドの上にいるのに、抱きしめるでも押し倒すでもなく、ふたりして座ったまま相手の顔に触っている。眠たげに見える眼はじっとおれを見つめていた。黒々とした強い、まっすぐな視線にとらえられて、少し笑った。
「星野の目、好きだな」
「ほんとうに?嬉しいです……」
「色がきれいだ。ウィスキーみたいで」
 息が止まった。一保さんがときどき言ってくれる言葉とまるで同じだったからだ。
 顔に出ていたのか、彼は目を細めて吐息だけで笑った。
「今は、考えないほうがいい」
 忘れろ、と彼は言って、おれの首に腕を巻き付け、そのままベッドに押し倒した。

 もしかするとおれを抱くつもりだったのかもしれない。手をつないだままベッドに縫い付けられて、しばらくされるがままにしていた。仕事中の彼からは想像できないほど、情熱的で淫靡なキスに、頭がふわふわした。舌を甘噛みされてくぐもった声が漏れる。脱ぎ散らかした服が、ベッドサイドに散らかっていた。
 両手で彼の腕を掴んで体を反転させ、伸し掛かると、驚いた顔で目を見開いて「星野、」と声を上げた。足の間に入り込んで逃げられなくしてから、おれは彼の体を触った。バランスの取れた精悍な肉体は、おれの手をぐっと押し返してくるような弾力があって、すごく熱い。
「抱きたい。ダメですか」
「……お前がそうしたいなら」
 恥ずかしそうに顔を背けられてしまったけれど、そのこと自体に興奮した。目尻をわずかに赤く染めた六人部隊長の首筋にキスして、耳を噛むと、まるで経験のない女の子みたいにびくんと震えた。
「もしかして、抱かれるのははじめて?」
――眉を寄せて黙り込んでしまった。どちらでもいいことだ。どうでもいい。
「やさしくするね」
 正面からぎゅっと抱きしめて耳の下にキスを落とすと、ようやく彼の腕が回ってきて、強く抱きしめ返された。やっぱり力が強い。息が止まりそうで慌てたら、耳元でささやかれた。
「好きにしろ」
 参った。やっぱりこの人には勝てない。
 この行為の意味を、罪深さを考える隙間もないほど、おれは溺れた。

 キスを繰り返しながら胸の突起を弄り、ぎゅっとつまんだり引っ張ったりを繰り返していると、声を全く出さなかった彼の唇から、低い、とてもいやらしい声が漏れだしてくる。「いやだ、そこ、やめろ」
「でも勃ってるよ」
「ちが……」
 目じりに涙をためたままいやいやと首を振る六人部隊長は、ものすごく可愛い。あのかっこよくて凛とした、表情を変えない人が、こんな顔をするのか。ひとつひとつの反応が新鮮で、息が苦しいほどドキドキした。
 正面から抱き合っているから、相手の顔がよく見える。眉よりも短い、ランダムに切られた前髪と、まっすぐな眉の下の強い眼は、今快感でとろりと溶けてしまっていた。目をみてほしくて、彼のものに手を伸ばしながら「こっちを見て」と懇願する。
「あっ!?ほ、ほしの……」
 自分のものを触るみたいに彼のものを上下に擦る。キスをして胸に触っただけなのに、そこはもう硬くなって先端を濡らしていた。ローションで濡らした手で、ぐちゅぐちゅという生々しい音をたてて擦っていると、とうとう観念したのか、下からおれを見上げてきた。その泣きだしそうな苦しそうな顔は、ものすごくそそった。たまらなかった。
「気持ちいい?」
 鼻先にキスを落とすと、六人部隊長がかすれた小さな声で言った。
「いい……」
「ふふ。かわいい。隊長、かわいい。ねえ、足、開いたままここ持ってて」
 ひどく恥ずかしがるのを知った上で、自分で膝裏を持たせ、足を開かせる。絶対嫌がると思ったのに、耳元で「お願い」とおねだりしただけで彼は黙って足を開いた。支配欲と性欲が絡まり合って、たぶん今おれは、すごく怖い顔をしていると思う。「成一は強く興奮したら顔が怖くなる」と、一保さんが教えてくれたことがあったのだ。
 ベッドサイドから取り出したローションは新品じゃないから、隊長がそれに視線を走らせたときにも罪悪感は首をもたげかけたけれど、無理やり振り払った。手のひらにたっぷりと出したそれを指でかきまぜて少しあたため、会陰をなぞってから、奥まった場所にそっと指を差し込む。驚いて体を起こそうとする彼をなだめるために、おれは半分萎えてしまった彼自身を口に含み、舐め上げた。舌を使って根元からカリのところまで往復してから、先を強く吸う。開かせた足の太ももをぐっとおさえていても、つま先がびくんと揺れた。
「ふ、んア……!だ、めだ、そんなところ…汚い…」
 頭を沈めた枕を掻きむしりながら、掠れた声で彼が言った。そんなこと言っても、興奮させこそすれ、おれを止めることはできないのに。
 中を探っていた指を1本から2本、3本と増やしながら中を広げて、ポイントを探った。そこを見つけたのは、指が当たった瞬間彼の腰が浮いて唐突にイってしまったからだ。声を出すまいと押し殺した吐息が、より一層淫らだった。
「は、はあ、うう、星野…もう…」
 涙目で哀願されて、おれも我慢の限界だった。正常位でいきりたったものを彼の中へ突き立てようとしたら、彼は小さい声で言った。
「後ろからしてほしい」
「……顔が見たいのに、どうして?」
「恥ずかしくて、集中できない」
 なんていやらしいんだろう。はじめて抱かれるくせに、後ろからされたいなんて。
 おれは荒っぽく彼の体を裏返して腰を持ち上げ、背中にぴったりと覆いかぶさるようにしてゆっくりと彼の中へ体を沈めた。ぬぷぷ、と音が鳴って、恥ずかしさかそれとも快楽にか、六人部隊長の背中がぶるりと震えた。
 腰を掴んでゆるゆると動かす。中が慣れてくるまで、後ろからぴんと立った彼の乳首を触り、指先で転がした。そのたびに中がぎゅっと締まって、イってしまいそうだった。
「……、動くよ」
「あ、ゆっくり…、あっあっ、ふああ」
 おれは今、六人部摂を犯している。
 職場の上司で、自分がふがいないころからすべてを知っていて、変えてくれた恩人でもあるこの人を。美しく聡明な恋人がいて、頭がよくて、体だっておれよりも完成しているこの男を、おれは今抱いているんだ。
 腰を掴んで激しく揺さぶる。ベッドが男ふたり分の重みと衝撃でギシギシと音を立てた。スプリングの反動を使って、一番最奥まで突き入れてはギリギリまで抜いてを繰り返していると、とうとう彼は涙声になって喘ぎはじめた。濡れた声に煽られて、肩を掴んでスピードを早めた。
「なまえ、呼んで」
 これは裏切り行為だ。
 おれの名前を呼ぶのは、恋人と家族だけだったのに。
「ねえ、……摂さん。おれの名前、呼んで」
 明確に自分の裏切りを自覚しながら、おれは願った。一度だけでいい。この人に名前を呼んでほしい。それを思い出にして、もう二度と望まないから。
「成一…、せいいち、…」
 頭の中がカッと熱くなった。冴え冴えとした快楽が身体の中を貫いて、おれは彼の項に噛みついた。広い背中が波打つ。おれの後を追うように、彼が絶頂に達したことを確認してから、意識を手放した。