4 ピース オブ ケイク(三嶋顕の過去 Ⅰ)

「はあー…」
(教師って仕事は、実はすっごく、キツイ)
 職員室に戻ってくると、思わずため息が出る。すると隣の根岸先生が、「えらいでっかい溜息やなあ、松浦センセ」と笑いながら飴をくれた。
「ありがとうございます。…関西の人って、やっぱり飴を常備してるんですねえ」
「なんやそのニヤニヤしたツラは。バカにしてんのか」
「違いますよ。合理的だなあって…」
 数学の教師である根岸先生は、ボサボサの頭とチョークの粉で汚れた白衣がトレードマークの先輩だ。
「合理的とは?」
「だって、あー辛い!もう甘いものでも食べるっきゃない!ってときに、すぐ食べられるように持ち歩いてるんですよね。店に食べに行くとか、友達に愚痴聞いてもらうとかより、ずっと早くて合理的じゃないですか」
「そんなん考えた事もなかったわ。アハハ」
 根岸先生は笑ってから、京一郎、これもやろ、といちごミルクの飴を投げて寄越す。
「甘いモンは脳にええんやで。まあお前はおれと違って国語やから、作者の気持ち考えるだけやし大して脳つかわへんと思うけども」
「失礼ですね!生徒の気持ちとか親の気持ちとかも、考えまくってますよっ」
「そんなもん考える必要あるかい。お前の仕事は教師なんやから、勉強教えてなるべくええ高校に行かせたらそんでええんや」
 根岸先生の口癖だった。この後に、「教師はカウンセラーやない」と続くのがお決まりである。僕は、飴を口に入れながら思った。
(こんなこと言ってるけど、卒業した生徒がくれた花を押し花にして本にはさんでること、僕は知ってるぞ)
 チャイムが鳴った。気も体も重かったが、気合を入れて立ち上がる。
 自分のクラスに行かなければいけない。

 六時間目の自分の授業が終わったので、そのまま掃除をして、終礼をする。
「先生、さよーならー」
「おい三嶋、うわばきのかかと踏むな」
「おお怖っ!摂、かえろかえろー」
「松浦先生、さようなら」
「ん、さようなら。六人部、ブレザーのボタン取れかけてるぞ」
 帰りの挨拶がすんだら、教室で一人ずつ声をかけて見送るのが僕のやり方だ。三嶋や六人部のように素直にあいさつを返すものもいれば、訳の分からない罵倒をして走って逃げる子供もいる。
(死ねとかアホとかいつの間にか慣れたなあ…。最初はいちいち、傷ついていたけど)
 ほとんどの生徒が帰ってしまった後で、一人残っている女生徒に声をかける。
「市岡、帰らないの?」
「うん。あのお、先生に相談したいことがあるんデス」
「お、なんか先生と生徒っぽいな。なんだ?」
 心の声が外に出てしまって、市岡が苦笑した。
「先生と生徒っぽいって何よ」
「いやごめん、こっちの話」
 教室に並んでいる机と椅子は木製だから、決して座り心地が良いとは言えない。僕は、そのひとつにぽつんと座っている市岡の前の席に座り、言葉を待った。
「私、好きな人がおるねんけど」
「……それって僕が聞いてもいいの?」
「うん。三嶋君やねんけど…どう思います?」
 三嶋顕は、二年二組の生徒の一人で、僕を悩ませている張本人だ。
 彼の姿をおもいうかべる。奔放に跳ねる、艶々した黒髪。すらりと長い手足に、白く透き通りそうな肌。
 そして見る者を魅了してやまない、美しい顔立ち。
 長い睫毛に縁どられた、濡れたように光る漆黒のひとみと、高い鼻梁、薄くほほえんだような形をしている唇。作り物のように整った少年は、僕のクラスの中でも異質で、悪い意味で目立っている。
「三嶋かー……」
「見てるだけでぼーっとしてしまうねん。きれいできれいで…。なんかちょっとこう、不幸そうな匂いっていうの?するところもさ、ええなあって思って」
 鋭いな、と僕は戦慄する。今教師としての壁にぶち当たっているのも、実は三嶋顕自身のことではなく、彼を取り巻く複雑な家庭環境が原因なのだ。
「市岡はさ、三嶋の見た目が好きなの?」
 非難するつもりはなかったが、自然とそのような口調になってしまって、慌てて笑顔で取り繕う。
「あ、ごめん。余計なお世話だったかな」
「ううん。わかるよ、先生のいうてること。三嶋君は、確かにきれいやもん。私も見てるだけで頭ぼーっとしてくるし、いつも女の子に告白されてるし。でもな、違うねん。見た目もきれいやねんけど、私が三嶋君を気になるんは、もっと別のとこです」
 市岡がうーん、と唸りながら髪をさわる。これは彼女が悩んでいるときのクセだった。
「三嶋君の眼は、いつもギラギラしてる。そのうち誰かを殺すんやないかって、思うぐらい。そういうのが気になるねん。怖いし、止めたいし、気になる」
 うまく言われへんけど。そう言って、市岡が笑う。
 子供の鋭さは恐ろしい。
 三嶋が実際に相当、劣悪な家庭環境にいること、そしてそんな彼をなんとか支えているのが、幼馴染の六人部とその父親なのだ ということ。それらを知っている僕は、まだ幼さの残る丸い頬を見ながら、どうこたえようかと逡巡した。
「中学生って大人やないけど、先生が思ってるほど、子供じゃないですよ」
 市岡が凛々しい顔をして言うので、思わず微笑む。
「うん、そうだな。でも、先生も知っていることを何でも話すわけにはいかないから」
「それは分かるけど」
「市岡が出来ることは、三嶋をずっと見てあげることだと思う。助けようとしても、あいつ野生の猫みたいなとこあるから、施しは受けねえ!とかって手を跳ね除けたりしそうだけどさ。本当にやばいと思ったら、様子がおかしいと思ったら、教えてくれないか?先生なりにできることをやってみて、動いてみるから」
 我ながら、頼りない物言いだと思ったが、市岡は真剣な顔で頷いた。
「わかりました。じゃあ先生も、どうしても一人で抱えられへんと思ったら、私に相談して。絶対、聞いたことを誰にもいわへんって誓うから」
 約束。そう言って、小指を差し出されたので、指切りげんまんをした。もちろん、生徒である市岡に何かを相談したり、三嶋の事情を話したりする予定は全くなかったのだけれど。

 小テストの採点や、授業の準備を終えて帰路につくと、いつも大体夜の八時は越えてしまう。
 僕は自分の肩を揉みほぐしながら、ジャケットを羽織り、学校を出た。学校の周りは街灯の数が多めに設定されているので、時間は遅くともそこそこ明るい。
 教師になって驚いたのは、なんといっても「残業代が一切出ない」ことだった。月給の中に含まれている、ということらしい。同期で採用された教師仲間と飲むと、皆しきりとそのことについて文句を言っていた。こんなにつらくて大変なのに、給料が安すぎる、と。
 外資系証券会社から転職してきた当初は、その辛さがよく分からなかった。毎日歯を磨こうとするだけで吐き気を催し、会社にいる間はずっと胃が痛かった前職に比べれば、教師生活は天国にも思えた。
 だが慣れてくると、色々なものが見えてくる。教師が相手にしているのは、生徒だけではなかった。保護者、地域社会、それに何よりも重い生徒の将来。部活、同僚との人間関係。色々なものが複雑に絡まり合っていて、証券会社にいた頃とは違う、『仕事の辛さ』がじわじわと僕の首を絞めてくる。
 それでもやってこれたのは、なんといっても「生徒が可愛い」からだった。生意気で、先生には何を言っても許されると思っていて、思春期特有の棘とやり場のないエネルギー が身体の中で大暴れしていて、それでもやはり可愛い。そう思うのはおそらく、散々「汚い大人の世界」で金や虚構を相手にしてきたからだろう。コンプライアンスに触れないように人をだまして金を巻き上げる。そういう世界では、嘘も本当も分からなくなった。自分の仕事が一体誰の役に立っているのか、見えなくなった。
 教師という仕事は、それらの対局にあった。収入は三分の一以下になってしまったけれど、そんなものでは比較にならないほどの喜びと、実感がある。生身の人間を相手にして、自分の言葉や行動で誰かが救われたり傷ついたりする。
 だからこそ、辛くてたまらないときもあるが。
 電車に揺られ、所せましと立ち並んだ建物の隙間から、月を見る。時間が遅い所為か、電車は朝ほど混んでいない。
 ドアの横にもたれて立っていると、目の前に美しい女性が立った。手すりにもたれて、向かい合って立っているその女性は、誰かに似ていた。
(…三嶋だ!瓜二つだ)
 彼女は僕と同じように月を見ていた。そして、静かに涙を流していた。誰にも見えないように、密かに涙を拭っていたが、分かる。
(そうだ、三嶋の家って、ここからひと駅の団地だ…)
 彼女はミッドナイトブルーのワンピースを身にまとい、トレンチコートを羽織っていた。そこにいるだけで、周囲の空気が変わるような美貌は、三嶋と良く似ている。
(それでもまだ三嶋の方が凄み、鋭利な刃物のような美しさがあるな。あれは思春期特有のものなのかな?)
 一駅先で、やはり彼女は降りていく。僕は確信していた。
(あれが、三嶋のお母さんか)
 母親は夜の仕事をしていると、三嶋本人が話していた。こんな時間に家に帰ることは、普通ないはずだ。
 気が付けば、同じ駅で降りていた。降車する人が多いから、後ろからつけている僕に気付くこともない。声をかけよう、と考えたが、中々実行できなかった。彼女の背中は、誰かと話すことを強く拒絶しているように見えたのだ。
(声をかけなくちゃ。これじゃ、まるでストーカーだ)
 約束もせず、こんな夜中に家に訪問するなんてできるわけがない。それはよく分かっている。だが、何度電話をしても連絡がつかなかった三嶋の保護者と、たまたま会えたということが、僕の判断を鈍らせた。すぐにでも話したい、という気持ちが強く出てしまった。
 三嶋の住んでいる団地は、駅から徒歩五分ほどの場所にあった。森のように鬱蒼と茂った木々と、ゴミやタイヤのない単車の放置された道、落書きされたままの壁。全てが、荒廃した雰囲気を演出している。
(なんだろう。ここに見える全部が、世の中に見捨てられたみたいに、貧しさとやるせなさと苦しさを余すところなく表現している)
 文学的に表現してみても、気が滅入った。
 この敷地の中へ入っていく人は、みな無表情だった。作業着のようなものを着ている男や、くたびれたスーツの中年男。何をしているのかわからないぐらい、派手な女。各々、暗い団地の自分の棟へと消えていく。
 三嶋の母親が入っていった団地の棟の前で、僕はしばらく立ち尽くした。初夏、虫の鳴き声と電灯がカチカチ、ついたり消えたりする音が、聞こえてくる。
 どれぐらいそうしていただろうか。
 不意に後ろから、「松浦先生」と声をかけられて、飛び上がるほど驚いた。
「こんばんは」
 六人部だった。フルネームは六人部摂。三嶋の向かいの部屋に住んでいる、幼馴染だ。彼らはとても仲が良くて、三嶋の家庭の問題を話してくれたのも、彼だった。
「こんばんは。ええと…」
「アキに会いに来たんですか」
 彼の言葉は、いつも淡々としていて明確だ。疑問でも、疑問形のように話さないので、分かりにくいぐらいだった。
 中学二年生にしては背が高く、運動神経がいい。クラスの中でも女子に人気があるのだが、何故か六人部は三嶋以外とは深く関わろうとしない。
「うん、帰り道でたまたま、三嶋のお母さんらしき人をみつけてね。声を掛けようか、迷っているうちに帰ってしまった」
「今はやめたほうがいいです。アイツが帰ってきてるみたいやから」
 六人部が窓を見上げる。同じタイミングで、物が投げられたような大きい音がした。
「三嶋は?」
「うちにいます。オトンと宿題やってる」
「そっか。……六人部には、世話かけて悪いな。もうちょっと、時間をくれ」
「世話かけられてると思った事なんかありません。アキは、おれの兄弟みたいなもんですから」
 そのまま、団地の外まで一緒に歩いた。六人部は普段から口数が少ない子で、その時もそんなに多くを語らなかったが、たまに出てくる言葉は全て三嶋のことを気遣っていた。
「松浦先生は、すごいですね」
「ええ!そんなこと初めていわれた。頼りないとか、バカとか死ねならよく言われるけど」
 照れくさくてそう返した僕に、六人部が少し笑う。
「だって、一年のときの担任は、おれの言う事なんか信じてもくれへんかった。むしろアキのこと、面倒くさい、関わりたくないと思ってたみたいやった」
 うちの中学校は、本来一年から三年まで持ち上がり制で、担任教師は変わらないのが常だ。彼らの中学一年のときの担任教師は問題を起こして別の学校に異動となったため、晴れて僕が担任となった。
「だって、三嶋はおれの生徒だから。生意気だし、何回言っても踵は踏むし、勉強できるのを良い事におれの授業で散々居眠りかましてくれるけど、可愛い生徒だからな」
 僕の言葉に、六人部が噴き出す。
「アキね、多分先生のことすごい好きですよ。わざとやと思います、上履きのかかと踏むの」
「そうかなあ?こないだ授業終わった後に珍しく職員室に来てさ。何だろうと思ったら、『先生、今日個人的見解として説明してた太宰の解釈ですけど、間違ってると思います』とか言うんだぜ!寝てたくせに!しかも結構的確なこと言いやがんの。まったくもって可愛くない奴、って思わず軽く頭はたいたね」
「あはは」
 四月から担任をするようになって、まだ彼らとの付き合いは三か月程度だ。しかし人と人が触れ合うのに、心を通わせ合うのに、時間の長短は関係ない。
 僕はこの三か月で六回、三嶋に「かかとを踏むな」と注意をした。彼は怖い怖いと首をすくめては逃げて行き、しばらくするとまた踵をふむ。僕は、注意する。六人部がそれを見ている。
「アキは頭、いいですから。一回言われたことなんて、絶対忘れへん。先生に注意してほしいんですよ、あいつ。難儀やわ」
 よく見れば、六人部はまだ制服姿だった。相変わらずとれかけたままのブレザーのボタンが目に入る。僕の視線に気づいたのか、六人部は「父子家庭なので、繕い物はどちらもできなくてなかなか直されへん」と言った。
 団地の出口のところに、古びたベンチがあった。僕はそこに座って、六人部のブレザーを借りた。ソーイングセットを持っているのは、しょっちゅう自分もボタンを落としたりなくしたりするからだ。慣れた手つきでボタンを直して「ほい」と手渡してやると、六人部はめずらしく目を輝かせていた。
「すごい。松浦先生はなんでもできるんですね」
「何でもじゃないよ、ボタンつけることが出来るだけ。こないだ家庭科の先生に教えてもらったんだ。ほら、飯田先生、美人だから話しかける口実に……」
「なるほど、そういうことですか」
 真面目な顔で頷くのが可笑しかった。僕は笑って手を振り、六人部と別れた。

 自宅で風呂に入りながら、ひと月前のことを思い出す。
「先生に、聞いてほしいことがあります」
 深刻な顔をした六人部が、職員室にやってきた、あの日のことだ。
 たしか、新緑眩しい五月のことだった。誰にも聞かれたくない、と彼が言うので、学年主任の先生に頼んで、指導室を借りた。
 放課後の中学校はとても静かだ。うちの学校はグラウンドが広くて、部活動をしていても教室や職員室までその声は届かない。開けた窓から爽やかな風が入り込んできて、話したいと言ったきり何も言おうとしない六人部の髪を、やわらかく揺らしていく。
 彼の硬そうな黒い短髪や、意志の強そうな精悍な顔を眺めていると、不意に恩師の言葉が思い浮かんだ。中学の担任だった国語の教師が言った言葉だ。僕は今でも、その言葉を支えに毎日日記を書いている。
『人は、何かを語りたい生きものなんだ』
 それは本当にそうだと思う。無口な人も、対人関係が苦手な人も、本当は自分の事を語りたいのだ。思ったことや感じたこと、辛かったことや嬉しかったことを、誰かに言いたい。聞いてほしい。そういう生きものなのだと、先生は言った。
 僕は六人部が話すまで、辛抱強く待ち続けた。隣の職員室から、コーヒーのかおりが流れてきて、『ああ、いい匂いだな』と思っていると腹が鳴った。そしらぬ顔をしていたが、六人部が笑った気配があって、振り返ると手のひらで口をおさえていた。
「松浦先生、おなかすいてはるのにすいません」
「あ、ごめん聞こえた?大丈夫だよ、あとでお菓子食べるから」
「お菓子て」
 生まれ育ちが大阪である六人部は、ナチュラルな大阪弁を話す。僕は、それが少し羨ましい。どことなく柔らかくて、温かみのある方言だなあといつも思う。話せるようになりたいけれど、やはり、生まれ育ったわけではないので難しい。
「大阪弁っていいよなあ。僕も話せるようになりたいよ。たまに移ってしゃべっちゃうとさ、みんなにキモいとか変とか、無理すんなとか言われるんだよな」
「先生は、どこから来たんですか?」
「神奈川県由記市。知らないか。茅ヶ崎とか横浜なら有名なんだろうけど。いいところだよ、海も山もあって。鎌倉の近くなんだ」
 大阪に就職したのは、単純にこちらの教員採用試験にしか受からなかったからだ。地元の神奈川県由記市は、当時まだ政令指定都市ではなかったので、神奈川県の採用試験を受けた。今でこそ教員は数が不足して随分受かりやすくなっているが、当時は教員といえば難関で、一浪、二浪は当たり前だった。大阪は採用数が多かった為、なるべく無職の期間を持ちたくなかった僕は、神奈川県との併願で受験したのだ。そして、受かったのは大阪だった。
「でも、大阪弁って汚いでしょ。死ねとかどつくとか。みんな気ィ短いし、すぐ怒るし」
「あー、最初はびっくりした!うわあ荒っぽいな~って思ったし、やっぱりね、傷ついたよ。でも、すぐ大丈夫になった」
 六人部が不思議そうに僕をみつめる。僕は笑いながら言った。
「本質とは関係ないじゃん、そういう言葉って」
「本質?」
「うん。例えばさ、君ら生徒は教師のことを影で呼び捨てにしたり、悪口言ったりする。『松浦って彼女いるかな~』『いやいや、いないっしょ~あいつモテなさそ~』とか」
 六人部が微妙な顔をして固まった。僕は、続ける。
「死ね!とかキモいとか言われるときもある。でも、それってその言ってる子の本質に関係あるかっていうと、ないんだよな。大概、寂しかったり構ってほし かったり、なんか家庭で色々あってむしゃくしゃしてたり、そういうことをぶつけてるだけでさ。僕ら教師がするべきことは、君たちの表面的な言葉に一喜一憂することじゃない。それは本質じゃないから。その言葉の裏に隠された、悩みとか苦しみとか、そういうのに寄り添うことが大事なんだと思う」
 だから、全然だいじょうぶ。
 僕がそう言うと、六人部はなぜか泣きそうな顔をした。
「松浦先生やったら、おれの言う事信じてくれるかも…」
 独り言のように呟いた後、六人部が重い口を開く。

「アキを助けてください。このままやと、いつか父親を殺します」